斬殺魔と毒殺魔が跳梁跋扈する化物屋敷のような映画である。前者を我らが山崎努が怪演する。怨念大作『八つ墓村』が公開されたのは1977年。1977年と言えば『新 必殺仕置人』が放送されていた年である。多治見要蔵と念仏の鉄―山崎さんは映画とテレビの両方で殺人マシーンを演じていた事になる。鉄は一応正義の味方に属するが、要蔵は冷酷非情の塊りである。もしかすると、山崎さんは「鉄の裏返し」として、要蔵を―ある意味楽しみつつ―演じていたのかも知れない。
死神めいた化粧と禍々しい衣装。これだけでも怖いのに、抜き身の刀と飛び道具、武器も凶器も準備万端整えているのだからたまらない。満開の桜の下を武装した要蔵が疾走する場面は、美しさと恐ろしさが融合した奇跡の瞬間である。
静寂に包まれた山村が、阿鼻叫喚の地獄に変わる。前代未聞の殺人ショーの幕開けである。民家に侵入した要蔵は、手始めに奥さんを斬り伏せ、続いて、肝を潰した亭主を斬り殺し、仕上げとばかりに彼らの子供(泣きじゃくる赤ちゃん!)を血刀で貫き通すのだった。デーモンの所業である。悪魔に憑依されたのか、それとも、悪魔そのものに変身してしまったのか。本当に狂っているとしか思えない。
殺戮の間、山崎要蔵は無言無表情に徹しており、不気味さと面妖さを倍化させている。狂気の表現は一歩間違えると「笑えない喜劇」になってしまうが、的確な演出と緻密な役作りが組み合わさり、その危険を回避している。国産恐怖映画史上に刻むべき名場面であり、この部分だけでも『八つ墓村』を観る価値がある。
要蔵暴走の根源は、今から400年前の戦国時代に遡る。七人の侍ならぬ八人の落武者の出現が、村の運命に重大な影響を及ぼす。褒賞金に眼がくらんだ村民は、八武者を欺き、宴の席に呼び出して、毒を盛り、全員を虐殺するのだった。
酸鼻極まる修羅場である。しかし、時代背景や村民の境遇を考えれば、起きても不思議ではないような気もする。巨大勢力に恫喝されれば、弱者はその意向に従うしかないのだ。現代だってそうである。首代が欲しかったのは間違いないが「異物の排除」は、共同体の防衛にも繋がる。村の維持存続の為には、手を血で汚す事も辞さなかったのではないか。この時代、各地で落武者狩りが繰り広げられていたであろうし、その度にいちいち祟られたら、日本中が「八つ墓村化」してしまう。
とは言え、そのような理屈は、八怨霊には通用しない。彼らは怨みのエネルギーを注げる相手を執念深く探していたのだ。傀儡には邪悪な精神の持ち主が向いている。その一人が要蔵であり、後に登場する毒殺魔だったのである。村民が完全に死に絶えるまで「落武者の呪い」は解けない。さしもの金田一耕助にも手に余る領域である。この事件を解決に導けるのは、名探偵ではなく、凄腕の陰陽師である。彼らを成仏、或いは、消滅させない限り、新手の悪魔が現れるだろう。
金田一にとって、今回の依頼は、言わば、専門外の仕事だったのだ。頭脳明晰な彼の事だから、調査の段階でそれに気づいた。でも、途中で引き返すわけにもいかないし、今更断るわけにもいかない。さて、困った。困った。金田一が終始居心地が悪そうな顔をしているのはそれが原因だったりして…。金田一役は渥美清。