千葉ちゃんが大山倍達を熱演する極真拳シリーズ―個人的には「空手バカ・シリーズ」と呼びたい―第2弾。それが『極真無頼拳』である。第一作『極真拳』の公開は1975年8月。続篇『無頼拳』の公開は同年12月である。その間、僅か4ヶ月。突貫工事とまでは言わないが、もう少し準備期間を設けても良かったのではないかと思う。それとも「鍋が冷めない内に」新商品を売り出すのが東映のやり方なのだろうか。千葉アクションは相変わらず快調だが、内容的進展は感じられず、むしろ後退しているような気がする。千葉倍達の表情もなんとなく冴えない。


『極真拳』では「猛牛との対決」が見せ場のひとつになっており、今回も同様の趣向が用意されている。凶暴熊との死闘だが、これが存外盛り上がらない。千葉ちゃんの力演は認めたいが、相手が着ぐるみでは、迫力に欠けるのは当然である。

まるで、特撮ヒーロー番組に切り替わったかのような珍妙な場面であり―演技者には悪いけど―失笑は避けられない。ヒーロー番組と言えば、温室流派が送り込んでくる刺客団との戦いも「仮面ライダー対ショッカー」めいた異様な光景である。


夜中や秘境ならともかく、真昼間から、刀剣や鎖鎌を振り回す殺し屋が跋扈する恐るべき世界である。こんな物騒な国にはとても住めないし、説明や解説もない。千葉倍達も疑問や困惑を口にしようともせず、事務的(?)に応戦している。

この際、鉄人倍達は敵手の武器を奪い取り、迎撃手段として、有効利用している。空手&刀術の威力は素晴らしい。千葉ちゃんだからこそ成立する離れ業であり「空手オンリーではお客さんは喜んでくれない」というサービス精神の表れでもある。千葉ちゃん得意の奔放アクションが、不満や違和感を吹き飛ばしてくれる。


『無頼拳』最大の山場は、中盤に展開する棒術名人(伊沢一郎)との勝負だろう。一度も拳を交えないまま、千葉倍達は敗北する。怪物老人が語る「円の論理」こそ、武道の真髄であり、人生そのものに通用する至高の境地である。このような名場面があるのだから、着ぐるみ部分は、ばっさり切り落としても良かった。或いは、最初から撮らないとかね。見せ場にならない見せ場は、他場面にまで悪影響を及ぼしてしまうのである。ひとつの亀裂が、映画全体を瓦解に追い込みかねないのだ。


余談に属するが『無頼拳』を劇場で観る機会を俺は逃している。場所は自由が丘武蔵野館。9年も前の話である。時が経つのは本当に早い。二本立ての一本。もう一本は、深作欣二の『ドーベルマン刑事』(1977年)だった。最終上映の『ドーベルマン』は辛くも捉まえたが、前回上映の『無頼拳』には間に合わなかったのである。時間はかかったけど、その日の悔しさは今回晴らした。魔弓の圏内に『無頼拳』が浮かんでいたのは幸いであった。尚、武蔵野館は2004年2月に閉館している。