『ゴールデンボーイ』(1998年公開)は「人間金環蝕」とでも呼ぶべき、魔少年と怪老人の面妖な交流を描いた作品である。新旧金環蝕の対決が楽しめる。原題は『GOLDEN BOY』ではなくて『APT PUPIL』。邦題の由来はわからない。タイトルが『優等生』だと、地味すぎて、お客が来ないと判断されたのかも知れない。
原作スティーヴン・キング、監督ブライアン・シンガーという組み合わせ。少年役をブラッド・レンフロが、老人役をイアン・マッケランが演じている。少年は近所に住んでいる爺さんが「どうやら、人殺しのバケモノらしい」事に気づいた。
普通なら両親か警察に相談するところだが、少年は違った。確証を得た上で、老人宅に乗り込み、脅迫の才能を発揮する。この時点で、観客は彼の異常性を感じ取るだろう。外見に騙されてはいけない。端麗な容姿の裏側には、禍々しいエネルギーが渦巻いているのだ。感情移入を拒む異形キャラクターの誕生である。
少年を迎え撃つ老人は、万単位の人間を殺戮した過去を持つ戦争犯罪者である。ナチ狩りの執拗な追及をかわして、ここまで生き延びてきたが、まさか、孫のような年齢の餓鬼に脅されるハメになるとは、生涯の不覚であった。序盤は少年優位。老人の逆襲は中盤以降である。勝負の鍵は知力と話術だ。暴力ではない。
少年が求めたものは「老人の記憶」であった。それは、人類の凶暴性が引き起こした地獄の歴史であり、その恐るべき内容が、歪んだ精神(魂)を有する少年の嗜好や興味にピタリと合致したのだと考えられる。訪問や会話を重ねる内に、少年と老人の間に「擬似師弟関係」のようなものが形成されるのが興味深い。
尤も、彼らはジェダイの騎士ではない。弟子も師匠も、相手を全く信用していない。協力の手を差し伸べる場合もあるが、別に「世代を超えた友情」が芽生えたわけではない。彼らは自身の安全確保の為に動いているに過ぎないのである。
自己優先、利己主義の塊りのような連中だが、現実世界にもこの種の人間は少なからず存在する。まあ、地雷とは接触しない方が無難でしょうな。関わるとロクな目に遭わない。あなたの通う学校や職場にも「絶対にいない」とは断言できない。
不思議なのは、少年の邪悪を察知する者が誰もいない事である。両親も教師も官憲も、彼を信じ切っている。バカみたいな話だが、そうなんだから仕方がない。彼らの鈍さ、彼らの甘さが「悪魔の種子」を成長させる栄養になったとも考えられる。ただ一人の追跡者も、少年は毒のような弁舌を駆使して追い払ってしまった。
少年が「敗者」ではなく「勝者」に属した瞬間が怖い。その時「魔王」は「英雄」に変身を遂げ、世界は闇に閉ざされる。恐怖と狂気が支配する暗黒時代の曙は近い。