徳間文庫版『首都消失』の巻末には石原藤夫の解説文が収録されている。石原先生は文の中で『消失』の原型、或いは、試作品と呼ぶべき二短篇を紹介している。
①『アメリカの壁』②『物体O』の二篇である。①は未読だが、②は中学生の頃に読んだ記憶がある。映画版『消失』では、正体不明の巨雲に【物体O】という仮名を与えているが、明らかに②の引用である。これは便宜上の配慮なのか、小松愛読者へのちょっとしたサービスなのかはわからない。わからないが、映画版『消失』の中で、ほとんど唯一「遊び心」を感じた瞬間であった。
【物体O】という名前が登場する事で、二つの小説が連結し、物語世界に厚みや膨らみが加わる。この種の実験を俺は歓迎する。どんどんやってもらいたい。映画を観た人が、小説も読みたくなるような…そんな作品が望ましい。
『首都消失』は「雲の外」の描写に徹した作品だが『アメリカの壁』はその逆「雲の中」を描いた作品らしい。劇中、雲の中身がどうなっているのか、皆目わからないので、不満を覚えた人もいるだろう。俺などは大胆なやり方だと感心した。内面描写の省略が、物語の不気味さや臨場感を高める効果に繋がっているからである。手抜きスレスレの高等テクニック―※小松先生は『見知らぬ明日』でも、視点を人類側に固定する事で、侵略者の恐ろしさを強調している―と言えるだろう。
どうしても、雲中の様子が知りたい人は『アメリカの壁』を読むしかあるまい。俺も読みたいと考えている。図書館に所蔵されているのなら、それを借りるし、されていない場合は古書狩りの獲物になる。神保町辺りに売っていそうだが、予算の関係で断念せざるを得ない時もある。なるべくなら安い方が良い。思わぬ場所で、思わぬ本に出会うのも蒐集屋の楽しみである。目的があれば、狩猟は一層面白くなる。