先日。DVDで『震える舌』(1980年公開)を観た。

十年前、いや、二十年前か…。この映画を俺はテレビ放送で観ている。

詳しい内容は忘れてしまったが「怖かった」という印象が強烈に残っている。

この映画を観て『破傷風』という病名を覚えた人が結構いると思う。

暫くの間、泥んこ遊びから遠ざかった子供も沢山いるだろう。

優れた映画は―大小は別として―観た者を動かす腕力を有しているのだ。

DVDに収録されている特報や予告篇を観ればわかるように『震える舌』は「新しい形の恐怖映画」を目指して制作されたのである。

原作小説を読み終えた瞬間「これは恐怖映画―ホラーになる!」という稲妻の如き直感が、監督の脳裏に閃いたのであろうか。

闘病映画を装った(?)恐怖映画の誕生である。

野村芳太郎の試みはある程度成功したと言って良いだろう。

主題曲にクラシックが選ばれているのは、キューブリック的感覚という気もする。

向こうが『シャイニング』なら、こちらは『震える舌』で対抗しようじゃないか。

現代日本を舞台にして「悪魔祓い」を繰り広げてもマンガにしかならない。

個人的には「マンガみたいな映画」は大好きだが、決して一般向けとは言えない。

破傷風菌―ウイルスという眼に見えない小道具が、効果的に使われている。

愛娘が突然病魔に侵される―若夫婦にとっては、まさに最大級の恐怖である。

夫婦を演じるのは、渡瀬恒彦&十朱幸代。この二人も色んな映画に出てるなあ。


親子三人の平和な家庭生活が、悪魔の襲来によって粉々に粉砕される。


ドアもカーテンも締め切られた真っ暗な病室で過酷な戦いが始まる。

戦いと言っても、治療に関しては医師や看護士に任せるしかない。

病床の娘を傍で見守っているぐらいしか、夫婦にはやる事がないのである。

「ジッと見ているしかない」のは、俺達観客も同じである。夫婦(登場人物)の心境がこれほどリアルに感じられる映画も稀であろう。

いつ発作が起きるのかわからないので、夫婦はおちおち寝てもいられない。

病魔は周囲の人間にも悪影響を及ぼす。幸代ママの精神崩壊が顕著な例だ。

恒彦パパは辛うじて正気を保ってはいるものの、映画の後半では「破傷風菌に向かって」なにやら話しかけていた。誰も見ていなかったから良かったが、もし見ていたら、パパも入院しなければならないところであった。

難敵に立ち向かう女医さんに中野良子が扮している。どのような苦境に際しても冷静さを失わない医師の模範である。言葉も物腰も極めて丁寧。こういう先生なら、安心して子供の命を託せる。中野さんとしては、生涯最良の役かも知れない。

画面が暗過ぎて、中野先生率いる医療チームが「何をやっているかわからない場面」が幾つかあったが、そのわからなさが、映画の緊張感や迫真性を高めていた。