今年は訃報に接する機会が多いような気がする。

今週「北杜夫死去」のニュースをラジオで聴いて愕然となった。

北先生のユーモア精神あふれる随筆群に魅了された。

何気ない日常が、先生の筆にかかると、立派な娯楽になるのだ。

ただ面白いだけではなく、世の本質を衝いた指摘が隠されている。

自分を敢えて「道化役」に設定している辺りも好感が持てる。

食べ物に関する名文も多い。

ラーメンやカレーライスなど、庶民的料理を先生は愛した。

先生の文章を読んでいると無性に腹が減ってくる。

読むだけで食欲が増進される。薬に頼らなくても済む。

先生の文章は読み易くて、わかり易い。

つい真似したくなるが、そう簡単ではない事を体験的に知っている。

無教養の上に感性も鈍い俺が到達出来るような領域ではないのだ。

だから「多大な影響を受けた」などとは迂闊には言えないのである。

「影響を受けて、この程度かよ」と、バカにされるのが怖いからである。

しかし「憧憬の念を抱いていた」と言うぐらいなら許されるだろう。

屋根裏部屋の本棚の中には、北作品も何冊か収めてある筈である。

今日の午後にでも、発掘してみよう。

読みたい本が沢山あるので、最近は御無沙汰気味であった。

来週辺り、電車の中で北随筆を読み直してみようかと考えている。

どくとるマンボウも旅立ち、現世はますます寂しくなるばかりだ。

残された俺達はどうすれば良いのだろうか?

寂しさを乗り越えて、生きてゆく(生き続ける)しかないだろう。

辛い時代である。だが、生きられる内は生きるしかないのである。

再読を進めながら、これからを生きる鍵を探してみようと思う。


北杜夫先生の御冥福をお祈りします。安らかにお眠りください。合掌。