「日本最初のアイドル」という指摘もある源義経は悲劇の英雄である。
平家撃滅の大功労者でありながら、兄頼朝に疎まれ、追われる身となった。
追跡者をかわしながら、平泉に辿り着くも、安住は許されなかった。
忠臣弁慶は壮絶な最期を遂げ、義経本人も自刃して果てた。
31歳という短い生涯の中に劇的要素がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
義経の人生は、小説や芝居や映像作品の格好の題材と言えるだろう。
織田信長、宮本武蔵、坂本竜馬…彼らに比肩する人気キャラクターである。
「義経は死なず」という奇想天外な伝説も作られたりしている。
アイヌの武将になったとか、大陸に渡ってジンギスカンになったとか。
そのような事は99%有り得ないのだが、空想の翼を広げるのは自由である。
夢枕獏の『黒塚 KUROZUKA』は、源義経を主人公とした物語の中で、最も破天荒な内容の作品ではないかと俺は考えている。
まあ、人に誇るほど義経小説に精通しているわけではないのだが…。
導入部は時代小説風だが、ある時点から、とんでもない方向に転がってゆく。
義経伝説と吸血鬼伝説を組み合わせた発想が素晴らしい。
異質なものを融合させた時、新しい形の物語が誕生する。
獏さんと言えば、自他共に認める「エロスとバイオレンスの作家」だが『黒塚』の場合は、アクや毒気が適度に薄められている。
恋愛小説でもあり、恐怖小説でもある。多面的な魅力を備えた作品である。
全13幕の長篇伝奇SFである。『話』でもなければ『章』でもなく『幕』なのは、この小説が戯曲として出発した名残りであろうか。
この作品を舞台化するのは至難の業のような気もするが、演出家や脚本家の視点に立って、読み進んでゆくのも面白かろう。
斬り合いの場面は迫力に満ちているが、生身の人間がこなせる殺陣ではない。
吸血剣士と異形人類の死闘である。
よほど巧く処理しないと喜劇になってしまう。
銃器や爆弾も登場するから、活劇を省略して芝居を組み立てるしかあるまい。
作者自身、途中から、演劇の原作である事を忘れてしまったのではないか。
忘れてくれた方が、小説としてはプラスだが、演劇としては少々困る事になる。
ある理由から、義経は「定期的に肉体を交換しなくてはならない」体質になってしまう。交換と同時に「記憶が消失する」という設定が、物語に奥行きを与えている。
『黒塚』は、マンガにもなったし、アニメ化もされたが、原作が一番面白いと思う。
マンガと言えば、最終幕には『デビルマン』的展開が用意されている。
熱心なマンガ愛好家としても有名な獏さんの事である。
執筆時に『デビルマン』を意識していたとしても、それほど不思議ではない。