その日は秋晴れの好い天気であった。気温も快適である。
「絶好の行楽日和」とは、このような天候を指すのだろう。
あの地獄のような暑さから解放されて、徒歩移動がし易くなった。
運動会独特の歓声や雰囲気が何処からか伝わってくる。
俺は大久保通り沿いの雑踏をかき分けるようにして歩いていた。
当初は待ち受け画面用の写真を撮ろうと思っていたのだが、歩道から人が溢れそうになるほどの活況振りである。
俺は撮影を諦めて、次の目的地を目指す事にした。この賑やかさこそカメラにおさめるべきなのかも知れないが、生憎そのような才能は俺にはない。
大久保駅に辿り着いた俺は、改札を抜けて、中央線・各駅停車に乗り込んだ。
中野を通過して、阿佐ヶ谷駅で下車する。
思い返せば、俺の映画狂い、芝居狂いは阿佐ヶ谷から始まったのだった。
都市散策(徘徊?)の面白さを教えてくれたのもこの町であった。
濃厚な「昭和の薫り」を感じさせてくれる町である。
一時は「ここに住んでみたい」と考えていたが、現実的には難しい話だと悟った。
都内に住まいを定める為には、相応の経済力が求められるのである。
この町には『ラピュタ阿佐ヶ谷』という素敵な映画館がある。
邦画専門のミニシアター。往年の名作(怪作含む)を精力的に上映している。
巨大な植木鉢を思わせる個性的外観。強烈な存在感を周囲に放っている。
一階はチケット売り場兼待合室である。情報収集の場としても機能している。
劇場は二階にある。案内に従い、チケットの番号順に入場する仕組みである。
三階は自然食レストラン。中々美味しいという噂だが、一度も試していない。
ただ、ある成り行きを経て、飲ませてもらった水の味だけは微かに覚えている。
ラピュタの地下には木造板張りの演劇空間が設けられている。
『ザムザ阿佐ヶ谷』である。久々の芝居見物に観る前から興奮していた。
☆じんのひろあき原作・作・演出 『ドードーの旗のもとに 第二章』
それが本日の演目であった。じんの演劇をザムザで捉える好機であった。
当日券が売ってもらえるかどうかは、聞いてみないとわからない。
ザムザへと繋がる階段を覗いてみると、関係者らしき人影を数名発見した。
俺は階段を下り、その一人にチケットの有無を尋ねてみた。
「本日は満席。キャンセル待ちの状態です」という回答であった。
では、待たせていただくとしよう。その間に空腹を満たす事にした。
俺は駅前に戻り、信号を渡って『いつもの店』へ行こうとした。だが、
いつもの店は閉店に追い込まれていた。伝説は35年で幕を閉じたのだ…。