その夜。俺はJR阿佐ヶ谷駅を下車した。

時計を確認すると「午後7時」を過ぎたところであった。

震災後初めての阿佐ヶ谷であった。

駅の北口を出て、今夜の目的地に向かった。

節電が行われている分、以前よりも幻想味が増しているように思えた。

昭和の薫りが濃厚な飲食店街を抜けると、阿佐ヶ谷が誇る名物映画館が姿を現した。

闇の中に浮かび上がる天空の城。地下一階、地上三階の夢の空間。

ラピュタ。邦画の名作を集中的に上映してくれる貴重な館である。

ラピュタの構造を簡単に説明すると…地下は小劇場、一階は受付兼休憩所、二階は映画館、三階はレストランになっている。

最近は年数回程度の訪館になってしまったが、足繁く通っていた時期もあった。芝居着け、映画漬けの毎日を過ごしたものである。

カルト的な作品が、ごく自然に上映されている辺りが素晴らしい。

俺の東京巡りの原点が、ここラピュタ阿佐ヶ谷なのである。

その意味でも強い愛着を感じている。

現在、ラピュタでは『東映実録路線中毒』という特集が組まれている。

今夜はその内の一本『暴力金脈』(1975年公開)を観に来たのだ。

この非常時にレイトショーなどをやっていて良いのだろうか?

この緊急時にバイオレンス映画なんて観ていて良いのだろうか?

俺の内面に疑問の念と自己嫌悪が渦巻いた。

しかし、いつまでも自粛自粛ではこちらの息も詰まってしまう。

日本復興の為だとか、被災者支援の為だとか、そのような大層な事を言うつもりは毛頭ない。

俺は自分の欲望に従って、阿佐ヶ谷に来たのだ。非難や批判を浴びせられるのなら、それはそれで仕方がない。甘んじて受けよう。


俺は『暴力金脈』のチケットを購入すると、一旦ラピュタを出て、駅近くのゴールド街を目指した。

ゴールド街の中にお気に入りの洋食屋があるのだ。

スパゲティ&ハンバーグが自慢のレストラン―その名もクロンボである。安くて旨いのは勿論の事、肩の凝らない雰囲気が心地好い。

グルメ本やテレビ等でも紹介されているので、知ってる人もいるだろう。

創業はなんと1976年だそうである。以降、来訪者の胃袋を満たしてきた。

サーヴィスランチ(600円)も魅力的だが、今日はカレーライスとナポリタンを注文した。二品合わせて820円という価格設定が嬉しい。

食後、駅前商店街―スターロードを散策した。

照明は控えめだが、活気は衰えていない。

今では希少になった「元気な商店街」のひとつと言えるだろう。

映画の上映は9時からである。

それまでの時間を古書店と喫茶店で過ごす事にした。

阿佐ヶ谷の健在振りに安堵した。変わらない風景に感動を覚えた。

俺の場合は主として映画だが、何度でも来たくなる素敵な町である。


■ラピュタ阿佐ヶ谷…東東京都杉並区阿佐ヶ谷北2-12-21
■クロンボ…東京都杉並区阿佐ヶ谷南2-42-1 ゴールド街1階