世の中の「自粛解禁の動き」に反発している訳でもないのだが、激震以後、土曜日と日曜日の外出機会が減っている。
時折、遊びのお誘いを戴く事もあるのだが、どうも出歩く気持ちになれないのである。都内散策が大好きな俺としては、異例の事態と言って良い。
被災地の映像や未だ収まらない原発事故が、俺の精神に及ぼした影響は大きかった。難航を極める復旧作業の情報を聴く度に心が重くなる。
日本の将来はどうなるのだろうか?日本人に未来はあるのだろうか?
36年間生きてきて「一秒も考えた事がなかった事」を考えたりしている。
夏の電力不足も心配だが、原発の状況が収束方向に向かわなければ、本当の意味での復興は有り得ないのだ。
大規模停電を避ける為に実施された計画停電だが、当初は相当な混乱を強いられた。遠距離通勤者にとって「電車が止まる」という展開が、何を意味するのか良くわかった。
電車が動かなければ、職場まで歩くしかない。
震災後、初めての月曜日は、行きと帰りで合計6時間歩いた。
こんなに歩くのは十年前の屋久島探訪以来である。
聞いた話によると、震災当日、片道9時間かけて帰宅した強者が我が町にいるそうである。だから、俺などは「大変の内」にも入らないのである。
後日、地図帳で帰宅経路を確認してみたのだが、この程度の距離で3時間も費やすのはどうかと思った。チトかかり過ぎなような気がする。
俺の歩行速度が他人に比べて特に速いとは思わないが、工夫次第では、もう少し短縮出来そうである。何故3時間もかかるのかと言うと「恐る恐る歩いている」からである。ルートを把握し切れていない分だけ、道程をこなす時間が延びてしまっているのだ。
徒歩通勤を重ねる内に道の様子がかなりわかってきた。
足が道を覚えてくれると随分と楽になってくるものだ。
印象的な目印(道標)を幾つか発見したので、もう迷う事はないだろう。
地震被害の大きかった地域では、道自体が破壊されてしまったところも少なくない。だが、俺には道があるじゃないか。道があるのだから歩けば良い。歩けばいつか辿り着ける。グダグダ言うな。歩け歩け。歩くのだ。
大遅刻の俺を冷ややかに見つめている人も一部おられたようだが、電車が止まったぐらいで、仕事を休もうという発想は俺にはなかった。
俺が利用しているライゴール線(仮称)の復活は早かった。
現在は特別ダイヤを組んでの運行形態になっているが、ほとんど不便を感じる事はない。電車に揺られながら(移動しながら)本が読める幸せを毎日噛み締めている。
電車電気の有り難味を感じつつ、今俺が乗っている電車を動かしているエネルギーは「どんな方法で作られたのかな?」などと、思ったりする。