先日。DVDで『アウトレイジ』(2010年公開)を観た。
今や「世界の北野武」に成った(成ってしまった?)たけしさんの新作である。
ヒーロー不在、観客の感情移入を断固拒否した純然たる悪漢映画の誕生。
今回は初心(原点)に帰って、徹底したバイオレンス映画を目指したそうである。
「創作の出発点がバイオレンス」というのも物騒な話だが、映画にとって、暴力描写は欠かせない構成要素である事は確かである。
映画に限らず、娯楽作品の大半が「暴力」である事を想起していただきたい。
芸術作家としての活動に疲れたのか、重圧を感じたのか。
たけしさんとしては、渦巻く暴力衝動を何処かで起爆させたかったのだろう。
その「どこか」が『アウトレイジ』という訳である。
架空の犯罪集団を舞台にして、裏切りと殺し合いが延々と繰り広げられる。
物語の山場(見せ場)としての暴力ではなく、暴力を描く為に物語(脚本)が練られたのだという。
そういう映画の作り方もあるのかなと、観る前は猛烈な興味に駆られた。
実際に観てみると、意外にも「普通のヤクザ映画」に近い仕上がりであった。
たけしさんならではの「奇襲作戦」を期待していたのだが、その点に関しては、やや不満が残った。
監督が意識しているかどうかはわからないが、第一作『その男、凶暴につき』(1989年)を別角度から捉え直した作品と言えるかも知れない。
若手、中堅、ベテラン…有名俳優が多数参加しており、テレビ演技とは異なるダークな演技を披露している。各演者の「俺も北野映画に出たい」という熱意が、贅沢な配役の実現に繋がったのだと思われる。
「この野郎」と「馬鹿野郎」が多用連用される悪党同士のやり取りには、恐ろしさを通り越した喜劇性を感じる。
何やら「楽しそうな雰囲気」さえ漂っているから不思議である。役者にとって『悪』とは、それほどに演じ甲斐のあるものなのか。
「豪勢なVシネマ」という印象を受けないでもないが、各人物の醸し出す凄味や薄気味悪さは、北野演出の真骨頂とでも言うべき迫真性に満ちている。
これはホンモノを熟知している故の迫力なのだろうか。カツシンワールドにも通じる不気味な厚味と存在感…。
俳優の中に眠っている暗黒面を引き出すコツを両雄は心得ている。
演出家の技量力量はそういうところに示されるように思う。
過激な内部抗争が展開するが、組織全体を崩壊させるまでには至らない。
新たな管理メンバーを迎えて、組織は尚も存続し続ける。まるで独自の生命力を宿した巨獣のように。
人間が組織をコントロールしているのではなく「組織の方が人間を操っているのではないか」という奇怪な錯覚に襲われる瞬間があった。面白い映画は「優れた組織論」にも成り得ると思っている。続篇では、その辺りを追求して欲しい。