『その店』に訪れたのは、仕事始めの週末―金曜日の夜であった。

更衣室兼休憩室に集合した俺達は―まるで、事前に決めていたかのように―当然の如く「2011年の呑み初め」に出掛けたのである。

医療系技術者のKさん。元傭兵のO君。そして、俺という異色の組み合わせ。

神田駅から、徒歩1分程度の距離に『その店―浜貞』はある。

道路に面した埋め込み型の水槽の中で、魚が泳ぎ、蛸が動いている。

注文に応じて、彼らは的確に料理され、客の胃袋におさまるのだろう。

チト残酷な気もするが「食べる」という行為は、元来残酷なものなのだ。

人間も生物である以上「何か」を食わなければ生きていけない。

「食べる」という事は、他の生物を「殺す」という事である。

どのような理論武装を施したところで、この宿命から逃れる事は不可能である。

宗教や思想を信仰するのは当人の自由である。だが、それを他人(俺)に強要するのはやめてもらいたい。執拗な勧誘は、はっきり言って、迷惑である。


『浜貞』は、Kさんが足繁く通っている店である。お魚中心の大衆割烹だ。

昨年年末。同じメンバーで来たのだが、満席の為、撤退を余儀なくされた。

その晩は、浜貞の近所の焼き鳥屋さんに落ち着いた。そこも美味しかった。

Kさんの案内してくれる店はハズレがない。

和食系の店に詳しい。嗜好的に共通点が多い。

内装はお洒落でも、ママゴトみたいな料理を出すような店には用がない。

そんな俺を「あんた、おっさんみたいやなあ」 と、Kさんは笑うが、

本当におっさん(36歳)なのだから仕方がない。

Kさんは自宅で包丁を握る事もあるそうである。良い気分転換になるらしい。

お盆や正月には、築地で購入してきた食材を自ら捌くという。

俺は食べるのは大得意だが、調理の方はまるでダメである。

だから、料理上手の人は密かに尊敬している。Kさん然り。映画通A氏然り。

2度目のアタックは成功した。

サラリーマン客数名と入れ替わる形で、俺達は待望の暖簾を潜る事が出来たのである。O君の顔が期待の色に染まっているのが見えた。

座敷席もテーブルもカウンターも、客で埋まっていた。

美味しい店には自動的に人が集まる。顔触れも多彩だ。

談論風発。呵々大笑。店内は混沌たる雰囲気に満たされていた。

その混沌さが俺には心地好かった。繁盛店特有の熱気が俺を高揚させる。


最低限の面積に構築された厨房の中で、浜貞の大将が縦横無尽の活躍を繰り広げていた。古武士のような風貌。魚河岸から抜け出てきたような仕事着が良く似合っている。愛想はないが、腕は立つ。

刺身、煮物、揚げ物…ありふれたメニューだが、どれも美味しい。各魚の旨さを最大限に引き出す術を大将は熟知している。素材が新鮮だから、小細工に頼る必要がないのだろう。魚料理の王道が堪能出来る。

魚食系を自認している人なら、一度は行っておきたい店である。平日は特に混雑するので、座れるかどうかは運次第。土曜日は比較的空いているそうだが、こういう店はある程度混んでいた方が、賑やかだし、面白いような気もする。


■浜貞…東京都千代田区内神田3-21-8 ※神田駅北口を出て、徒歩1分