駅名シリーズ歴史編
東日本第2弾は東京
桜田門(さくらだもん)駅
東京メトロ有楽町線
東京都千代田区
桜田門は江戸城(現在の皇居)の
内堀の門の一つで、
凱旋濠と桜田濠の間にある。
1860年、大老井伊直弼が
水戸藩浪士に暗殺された事件
(桜田門外の変)や、
1932年、昭和天皇の暗殺を
狙った襲撃事件(桜田門事件)
という政変の歴史があった。
隣の永田町駅との間に
普段は回送で使用する
千代田線との連絡線がある。
年に30日程度、
小田急の臨時ロマンスカーが
新木場に乗り入れるために
営業運転列車が通ることもある。
日本橋(にほんばし)駅
東京メトロ銀座線
東京メトロ東西線
都営地下鉄浅草線
東京都中央区
いわずと知れた江戸時代の
五街道の起点。
現代の国道
では
日本橋が起点となるのは
国道1号(終点:大阪市)
国道4号(終点:青森市)
国道6号(終点:仙台市)
国道14号(終点:千葉市)
国道15号(終点:横浜市)
国道17号(終点:新潟市)
国道20号(終点:塩尻市)
白金高輪(しろかねたかなわ)駅
東京メトロ南北線
都営地下鉄三田線
東京都港区
2000年の溜池山王・目黒間
開業前の仮称が
「清正公前」(せいしょうこうまえ)。
これでほぼ決定に近かったのに、
ドタンバで今の駅名になってしまった。
近くの交差点もバス停でも
「清正公前」って名乗ってるのに。
清正公とは覚林寺のことで、
戦国武将加藤清正の
位牌や像が祀られている。
東京の人間としては、
「清正公前駅」という
ユニークな駅名が幻になり
残念な記憶が少々![]()
分倍河原(ぶばいがわら)駅
京王電鉄京王線
JR南武線
東京都府中市
これも「分倍」と「河原」の
二つの地名を複合した駅名。
「分倍」は今の府中市分梅町。
1333年、鎌倉幕府打倒のために
挙兵した新田義貞と、
幕府側の北条泰家が戦った
「分倍河原の戦い」の
古戦場があった。
駅南側のロータリーには
新田義貞の像がある。
「分倍河原の戦い」は
別の争乱で室町時代にもあり
多くの死者を出したことから、
小さな頃は、この辺りは
「ユーレイがたくさん出る」なんて
冗談半分に脅かされた記憶が![]()
玉川上水
(たまがわじょうすい)駅
西武鉄道拝島線
東京都立川市
多摩モノレール
東京都東大和市
西武拝島線が立川市
多摩モノレールが東大和市
市境に跨って設置されている。
駅の南側に玉川上水が流れている
ことから付いた駅名。
玉川上水は江戸時代に
市中に飲料水を供給した上水路で
多摩川の羽村付近か取水し、
武蔵野台地を通り抜け、
四谷大木戸(今の四谷四丁目交差点)
近くの「水番所」から市中へ
配分されていたのである。
(最近NHKのブラタモリでもやってた)
現在でも玉川上水の一部は
現役の東京都水道局の水道施設
だというから驚きである。
しょうもない話だが、
京王井の頭線は吉祥寺が終点。
もしも吉祥寺から先、
玉川上水に沿った路線だったら、
かなりドル箱なんじゃないかと
地図を眺めてふと思ったりして。
吉祥寺から明大前辺りまでは
玉川上水がほぼ沿っているので、
(神田川も沿ってるけど)
続いてたら井の頭線じゃなくて
玉川上水線だな![]()
つづく
