私が出版業界に入った頃は、まだ“手書き原稿”と“レイアウト指定紙”が現役でした。


原稿用紙に原稿を書いて、赤ペンで整理(校正記号などを書き込む)して、デザイナーが手で描いたレイアウト指定紙と一緒に入稿する。だから、いわゆる“入稿袋”はたくさんの原稿でパンパンになったりしました。


ですが、当時は“原稿はワープロで書く”ということが主流になり始めた頃でもありました。で、せっかくデータ化されたテキストがあるのだからと“フロッピー入稿”をするようになり、まもなく、パソコン上でデザインができるデザイナーが出てきて、“DTP”という入稿方法にシフトしていきました。


私が「サイエンス的なものは理系の人だけのものではない」と知ったのは、この頃だったように思います。

コンピュータのお陰で、「自分には関係ない」と思いこんでいたものが、「身近な存在」になったからです。


社会人になる前にも、友だちのマイコンでゲームをやらせてもらったり、学校の授業でMS/DOSを扱ったことはありました。でも、そのときのコンピュータは玩具みたいで、それほど身近に感じられなかった。


きっかけになったマシンは、意外にも、IBMの「AS/400」というオフコンです。新卒で入社した会社のシステムが「AS/400」で、取材対象者を探したりするときに、AS/400内のデータを使わせてもらっていました。といっても、自分自身で探せるわけではないので、情報システム部のSEに「こんなデータをください」とお願いするわけです。


会社の中でも端の方に隔離されたように存在する情報システム部は、なんだか居心地が良くて、お願い事をするついでにのんびりする場所でもありました。そんなことが続くうちにSEたちと仲良くなり、簡単なソーティングくらいなら自分でできるように、コマンドの入れ方を教えてもらいました。


コンピュータは、きちんと「言葉で話しかける」と、その通りの答えを返してくれる。計算は嫌いだけれど、話しかけること(言語はかなり特殊ですが)だと思えば、全然イヤじゃない。


情報システム部以外の人間でAS/400のデータをいじれるようになったのは(といっても、ソートしてデータを吸い出すだけなのですが)私が初めてだったらしく、以来、他の人のためにマニュアルを作ったり、編集部のDTP化の担当者にされたり。まだ入社2年目くらいだったのですが、「あの子はコンピュータが得意らしい」と思われて、色々やらせてもらいました。


このときの経験があったから、その後デジタルコンテンツを作る会社に転職したし、フリーになって技術者向けの雑誌を作ったり、サイエンティストに取材することが多くなったのだと思います。SEと仲良くなったことも、理系の人と関わる仕事が増えるきっかけになったかもしれません。そして、今があるわけです。


最先端技術の集約であるコンピュータは、はじめのうち、ある程度仕組みを理解している理系の人が使うものでした。でも、今や誰でも使う、なければならない道具です。実は、「難しそう」と毛嫌いしていた物理や化学や数学も同じで、もっとフランクにつき合ってもいいように思うのですが…。