暇を見つけては図書館等でいろいろ資料を見て回りましたところ、ある事実がみえてきました。
それは、わが「尾張電気軌道」により、大正元年に「尾電八事遊園地」が開設されますが、八事山及び天道山一帯は、尾張電気軌道が遊園地を建設するより前から一大自然公園であり現在の東山公園のような山全体が行楽地であったことが推察されます。少し資料を紹介します。
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▶「愛知郡誌」(愛知郡役所刊、大正12年) 第十編 名所旧蹟
■音聞山 
○ 天白村大字八事にあり、電車の終点より東南約十町、山甚だ高からずと雖も、西南は伊勢の海を望み、東南遠く三河の山々より、知多郡の一帯を望見し、風光頗る絶佳なり。大正の初年、本県下にて大演習を行はせらる々や、今上陛下親しく此地に御統監あらせられたり。大正四年、御即位の大典を挙げさせらる々や、大嘗祭悠紀地方風俗歌に此山を詠まれたるより、普く人の知るところになるに至れり。市人散策の好適地として将来益発展するに至らん。
 
■八事山
八事山興正寺を中心として附近一番の高地を総称して八事山といふ。天白村御器所村大字廣路、呼続町大字弥冨にまたがる。寺は真言律宗、泉州大島山神鳳寺派たり。弘法大師を開祖とし、元禄元年の創建なり。山上大日如来の大銅像を安置せり。四方信仰の中心地にして常に善男善女の賽客引きもきらず、加之土地高燥眺望に適し、名古屋市民の東山と称し春秋散策の行樂所たり
△八事山興正寺 東山境内より五重塔を望む
 
■天道山
○ 俗に「おてんとう」と称し、八事山興正寺の南約二町の所にあり。山中、高照寺あり、天道山と號す。八事電車の開通せし以来、此辺一帯を ”遊園地” と称し、名古屋市民遊楽の地たり
△天道山高照寺 山門より本堂を望む
 
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▶「名古屋案内」(名古屋名所案内所刊、大正14年)
◼️八事遊園地
市の東郊東山は自然の一大公園を成し行遊に適す東山の西部大半を八事山と称す。彼の青松層々たる間、五層の塔尖 古色蒼然蒼たる殿堂の隠見せるは、古刹八事山興正寺にして、半僧坊妙見宮天道山鹽釜神社 及び熊坂長範に傳ふる奇蹟、島田の毛替地蔵堂、其の他神社仏閣数多く、また音聞山の古蹟等あり
○ 此地一帯に山高からざれども、老樹深く茂り丘陵起伏して、天然の風景に富む。近くは脚下に天白川の清き流れを賞し、西に市街一帯を瞰下し得べく、遠く東南に三河の連山、知多の半島を望み、南西に伊勢湾を隔てて、渺茫たる煙波の裡、遙かに勢山の明滅するを見るに至りては、真に絶景と謂ふべし。
此地に八事電車の通ずるあり。近來遊園の設備完成し、遊覧するもの夥(おびただ)しく、殊に三、四月の交人出も多く、満山人を以て埋むる斗(ばか)りなり。
 
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△尾張電気軌道 沿線名所案内 建設中の本社遊園地(明治45年)
 
以前にも本ブログで紹介した「尾張電気軌道 沿線名所案内」(明治45年刊)の巻頭には、以下のようなご挨拶文が掲載されています。
▶「尾張電気軌道 沿線名所案内」(尾張電気軌道刊、明治45年)
名古屋市の東郊通稱八事山一帶の地は、古來名古屋附近唯一の遊山地として、夙に(つとに)其名高く、地勢廣濶にして、最も能く遠近の眺望に富み、由緒深き名所古刹其間に點在し、宏壯なる高塔伽藍翠松の間に交り、恰かも天然の一大公園を成せり
○ 今や弊社の施設に係る名古屋八事間電氣軌道、已に(=既に)開通し、遊園地の設備又漸く其工を進め、天然の美に添ゆるに更に人工の精を加へんとす。即ち茲に名所案内を編纂し、遊覽各位の御便宜に供せんとする所以なり。(明治四十五年五月 編者 しるす)
 
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