わが「尾張電気軌道」の終点「電停・天道」について、その「天道」の名の由来について考えてみたいと思います。現在、地下鉄八事駅やイオン八事の南側一帯は「八事天道」という地名となっています。
この「天道」という地名は、天道山高照寺の山号から来ています。『続 八事・杁中歴史散歩』(令和4年刊)によると、
■天道山高照寺は、もともと丹羽郡寄木村で「お天道(おてんと)さん」として親しまれていた稲置神社(稲木神社)という古い神社でした。『尾張名所図会』によると、延喜式神明帳に従三位稲木天神として記載され、垂仁天皇の皇子である尾張稲木別の祖神・大中津日子命を祀る社で、 中世になり不易山天道寺の尼僧が社務を司っていました。
■享保九年(1724)、天道寺は天道山高照寺と改号して臨済宗妙心寺の末寺となり、寛保元年(1741)、尾州郡奉行岡田久八郎が途中警護して、神社も寺も八事に移して「寄木の天道」と呼ばれていました。ただし、八事に移ってからも、寄木にあった社は稲木神社の名でそのまま残りました。
■このとき、尾張藩から十町七反 (約十万七千㎡)の広大な土地を領として賜っています。さらにその後、尾張徳川家の祈願所となり、三つ葉葵の寺紋が許される格式を持ちました。
ここで「おてんと」という言葉が出てきますが、さらに調べると『愛知郡誌』(大正12年刊)には、
■天道山 /俗に「おてんとう」と称し、八事山興正寺の南約二町の所にあり。山中、高照寺あり、天道山と號す。八事電車の開通せし以来、此辺一帯を遊園地と称し、名古屋市民遊楽の地たり。
△絵葉書 八事勝地 天道山高照寺
ここでも、「おてんとう」という表現があります。さらにWikipediaで「天道」を検索すると、
■日本では、太陽を天道様(おてんとさま)とも言う。世界各地で太陽は神として祀られ、太陽神の存在はよく知られる。日本の場合は、天照大神(アマテラスオオカミ)が太陽の神格化とされている。『古事記』や『日本書紀』には、スサノヲノミコトの乱暴狼藉のために、天照大神が天の岩戸に隠れて世の中が闇に包まれるとあり、太陽神の性格が顕在化する。伊勢の内宮として知られる皇大神宮には祭神として祀られている。
■平安時代末期以降の本地垂迹(ほんじ すいじゃく)思想の展開によって、神仏習合の考えが深まると、本地は「大日如来」、垂迹は「天照大神」となった。中世には神仏習合が天照大神を中心に展開し、『日本書紀』を読み替えて「中世日本紀」が生み出された。
よく分からんので、さらに「本地垂迹思想」をWEBでしらべると、
■日本の仏教と神道の関係を、仏や菩薩が衆生を救うために神という仮の姿であらわれたと説明する考え方。仏や菩薩が本来の姿(本地)ではなく、神という仮の姿(垂迹身)となって人々を救うという神仏同体説で、平安時代の初めから広まった。
■たとえば熊野の権現の本地は阿弥陀如来というように中世にはすべての神社に本地仏が定められた。明治の神仏分離でこの説はおとろえた。
つまり、高照寺のご本尊は「天道大日如来」であり、天照大神(アマテラスオオミカミ)が祀られている、ということになります。整理すると、愛知郡誌にある通り、天道山高照寺があった天道山は、地名の天道〔おてんと〕から発して現在の八事天道町内一帯は「おてんと山」と呼ばれていたということです。(つづく)
*無断転載・複製を禁ず







