行くまでの経緯、そして行ってからの話もたくさんありすぎて、何から書いたらいいのか…
上手く纏められるか…
って考えましたが、
とりあえず上手く書くことを手放して見ようと思います(笑)
何日間続くかわからない、カンボジアブログ 第一回目です。
◆あのとき、やり残したこと。それに近いことがやっとできました。
ちょうど今日で、宮崎の口蹄疫終息から4年だそうです。
ご存知の方も多い通り、僕は大学5年生のとき、宮崎県の口蹄疫復興支援メッセージを集めて、
チャリで実家埼玉から、宮崎まで旅をしました。
↓こんな頭をして(笑)

で、この時周りからやれ!って言われてて、できなかったこと。それは
「動物が食べ物になる瞬間を見る」
ってことなんですね。
口蹄疫のことを知るうちにわかったこと、それは
「家畜はペットではなく経済動物。しかし家族同然に暮らしている。
そんな動物に対してありがとうという気持ちを持って、食べ物にして、食べる。」
そんなことだったんです。
話では聞いていたけど、機会もなく、結局と畜現場を見ることがなく宮崎を後にしました。
それから4年後…
今回のカンボジアはスタディーツアーでの参加だったのですが、そのプログラムに
「いのちをいただくBBQ」
というものがありました。
鶏を自分たちで絞めて、鶏肉にしてBBQで食べるのです。
で、他にも鶏を絞めたい!という人が居る中、僕が絞めさせてもらえることになったんです。

鶏の羽と足を押さえて…
刃を首もとに下ろすのですが…
慣れてなくて中々上手くいかないんですね。
そして、鶏も命の危機を感じて暴れて、叫んで。
それでも刃を進めていくと、血が流れてきて…
だんだん動かなくなって…
…。
そして水につけて羽を取ると…

いつもの見慣れた鶏肉になるわけです。
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実際に、生きてさっきまで遊んでいた鶏が食べ物になる瞬間、
言葉にすると、凄く安っぽいけど、
「あ、俺、今生きてるんだ」って、自分の生をものすごく感じて。
生きてた鶏が動かなくなる瞬間、周りの音が無音になって。
当たり前のようにいつもスーパーとかで飼っている鶏肉が、
命のあったものであって、その生命を頂いて、俺は生きてる。
そんな当たり前のことを、当たり前だと思っていなかった自分に気づいたんです。
他の生物をいただきながら、自分が生きている。
「いただきます」ってそういう意味だったんだ。
自分は、他の生命によって生かされている存在。
だから、自分の人生をかけがえのないものと捉えて、大切に生きていかなくてはならない!
本当に言葉にするとたいしたことないんだけど、
経験を持ってそれを学べて、本当によかったです。
