最近のメンタル状況です。

…といっても心筋症が自分に与えているメンタル的な影響や薬の影響もいろいろ複雑に関わっているんでしょうけど。

とりあえず、食欲が戻ってきました。
以前は「ハラは減れども食欲がない。食べること(食べる作業)が億劫。」だったんですが。
億劫さは多少残ってはいるものの、食欲というよりも量を食べられるようになってきました。

んで、そのおかげかどうか肉体的な疲れやすさもマシになってきています。
まあそれは、フルタイム復帰から2ヶ月経って慣れてきた、ということもあるんでしょうけどね。

後、認知のコントロールが(コントロールという言い方が良いのかどうか…)すばやくかつ上手く出来るようになってきたように思います。

ちなみに「認知」って心理学用語です。以前にも書きましたけど。
心理学によると、人の感情は出来事から直結しているわけではない。
「出来事」を自分の「思考パターン」で処理して「感情」が生まれている、と。

で、慢性的にうつ状態が続いてしまう人は、この「思考パターン」がネガティブな傾向に偏っている場合が多い。
つまり、他人と同じ出来事に出会っても、ストレスを感じやすい傾向がある、ということです。
この「思考パターン」を「認知」と呼びます。

なので、私の言う「認知のコントロール」というのは、何か不愉快なことや怒りなどの感情が起こったとき、「出来事の”何”に”どのように反応しているのか”」を振り返ることです。そして「別の”反応の仕方”が無いか」を「無理なく」考えることです。
それによって必要以上に、不快な感情を持ち続けないでいられるようにする「技術」です。

いわゆる「認知療法」というやつですが、リワークセンターで仕込まれた対ストレス技術です。

実際最近のびっきぃのやり方は、アタマの中だけで済ませる「なんちゃって認知療法(苦笑)」ですが、最近はそもそもの「認知(思考パターン)」やその根っこである「中核信念(スキーマ)」が変化してきたのか、不快な思いをすること自体が減ってきたように思います。

それから「心をひらく」という言葉の意味がようやくわかってきました。
言葉では説明しにくいんですが…。

表面的な行動の変化という意味では、「心をひらいて、自分はこんな人間なんです」ということを「ありのまま」さらけ出すことで、相手が「安心感」を持ってくれる。
その結果、相手も「心をひらいて」くれる、そして判り合える分、傷つけあうこともないと。

私が自分から「心をひらける」ようになったのは、リワークセンターで同じ苦しみを持つ仲間と出会い、お互いに認め合う雰囲気を経験したから。仲間から「安心感」を与えてもらって、「心をひらく」ことは怖いことでは無い、と気づいたからです。
…もっとも「怖いこと」と思っていたのは無意識の領域の話ですけど。
だから、正確には「無意識に怖がっていたんだ。でも怖がらなくていいんだ。ということに気づいた。」ということでしょう。

もちろん誰かれ構わず「心をひらいて」いれば、傷つくこともあれば相手に嫌な思いをさせることもあるでしょう。その辺のバランスはこれからマスターしていけばイイと思っています。

それに自分が傷つくことに関しては、さっきの「認知」の話でして。
傷つけられても、「ああ、この人はこういう考え方・価値観を持っているんだ。」で治められるようになって来ています。

…って、そもそも何書いてたんだっけ。。。

食べられるようになった、ということだけのネタ(?)だったはずなんですが。。。
とにかくまあ、そんな感じです。ってどんな感じだよ(苦笑)。

周りの人に「安心感」を持ってもらえるような「わかりやすい人間」になりたいな。
そしたら周りの人もハッピー、自分はもう格好つけなくていいわけだからもっとハッピーだと。

その辺の気づきもあってストレス減少→脳機能回復→食欲増進、しているのかもしれないですね。
とはいえ、医師からは「まだまだ薬で脳機能を維持していると”考えていて”下さいね。」と釘を刺されています(笑)。

確かに人間の三大欲求という範疇では、睡眠はもともとOK。食欲は上記の通り。ただ性欲はまだダメ。といってイヤらしい意味じゃないですよ。39歳男性として健康的な普通の性欲を持っているか、という話。

抗うつ薬の副作用もあるみたいだけどね。

それでも少しはマシになったかな。
街中で「お、あの娘カワイイ♪」なんて思えるようになって来たからね(爆笑)。
でもまだその程度。

いやいや、「まだ」ってのがネガティブな認知に基づく発想。

5~6年以上(もっとか)そんなこと思いもしなかったじゃん。
大きな前進ですね♪。←↑これが「なんちゃって認知療法」です(笑)。