「徒然雑草2」で、私がうつになった主要因は、外的には「ヒマ」だったこと、内的には「ヒマをストレスに感じてしまう”思考パターン”があったこと」と結論付けたように思うけど、どうも違うような気がしてきた。
「外的要因」+「個々人の思考パターン」=「ストレス」という式は成り立つと思うけど。。。
先の記事のとおり、今私がストレスを感じている外的(と言えるかなあ)要因は、「意欲が出ない」ということ。
「やる気」が出ないことに対して、「苛立ち、焦り、情けない、イライラ」、といったアウトプットが生まれている。
つまり”うつ”であることにストレスを感じてさらにうつ状態になるという悪循環に陥りかけているようだ。まるで”うつの極期”のように。。。
それはそれとして、じゃあ、そもそもうつになった原因は?と改めて考えると、もうよく分らない。
外的要因としてはたくさんある。それらの積み重ねだったと思うけど。
営業時代3年目ぐらいで3人のチームの内2人の上司・先輩が立て続けに異動し(後任は来たけど)、以後1年以上毎日23:45(要するに終電)まで仕事してたこと(しかも手当てはゼロ)。
自動車部品(の素材)の開発・営業は、「カンバン方式」という名の下請け依存・サプライヤーへのリスクヘッジ、に日々晒されそのストレスは相当なものだった。
あるときはウチの上層部が勝手に生産基地を変更したばかりに、同じ素材を供給できなくなり、その素材を使った部品の在庫が底をつき、某自動車メーカーの製造ラインを止めそうになった(欠品騒ぎ)。
その時は先の通り、本来なら相談したりして頼るべき上司・先輩が2人とも異動した直後、一人で奔走した。
だって、自動車メーカーのライン止めたら一日で数億円の操業補償を請求されるからね。(そのくせモデルチェンジ時に余った部品は引き取ってくれない。)
当時名古屋駅前に出来たばかりのマリオットビルを見上げて、「あそこから飛び降りればラクになれる。」って真剣に思ったこともあった。
結局はお客さん(部品メーカー)の協力もあって事なきを得たけれどね。
営業のころのストレスはとりあえずそんなもんかな。
あとは、中小企業診断士の受験勉強に打ち込んだ結果としての燃え尽き症候群。
労働組合の支部役員として、続けざまのリストラに対するストレス。
開発・営業から経理に替わったことで、また一から勉強し直さなければならなかったこと。営業と間接部門との文化(?)の違いによるカルチャーショック(学生から社会人になった時よりも大きかったよ、笑)。
その経理も、異動して半年後に上司が異動。よって初めての決算業務・会計監査対応を基本的に一人でやることになった。
そして落ち着いたらヒマだった。
娘が生まれて生活が激変したこと…etc.
…そんなこと数え上げてもしょうがないわなあ。とにかくそれぞれのストレスは小さくても、続けざまに襲ってきたことで限界を超えてしまった、ということなんだろうけど。
じゃあ、どう振舞っていれば、ストレスを感じずに(せめてうつにならずに)済んだんだろうね。
それが「思考パターン」であり「生き様」なんだろうな。
それをいかに強いモノに変えていくかが、これからの問題か。
結局今の私の「思考パターン」は、「人に良く思われたい、評価されたい。」というものであることはこれまでの考察ではっきりしている。と思う。
逆に言うと「人に良く思われる、評価されている」時にのみ「安心感」を得ることができる「思考パターン」と言える。
でもあの図書館で借りた本の著者曰く「安心感は外部には無い。自分の心の中から湧き出してくるもの」だったな。
いまだに意味がわからねえよ。
実際、この記事で過去の「苦労」を挙げていったのも、結局はこのブログ読んでくれている人に「認めて欲しい」からじゃねえのか?(苦笑)
どうすれば、不動の(?)「安心感」を得ることができるのか。
というより、そんな人間がいるのか?
「不動の安心感」を持つ人間などほとんどいないのなら、なぜうつになる人とならない人がいるんだ?
わかんねえ。堂々巡りだよ。
そんなこと考えずに、ボケ~っと流されて生きればラクなんだろうな。
でもそんな生き方はイヤなんだよな。。。ふう(ため息)。
「外的要因」+「個々人の思考パターン」=「ストレス」という式は成り立つと思うけど。。。
先の記事のとおり、今私がストレスを感じている外的(と言えるかなあ)要因は、「意欲が出ない」ということ。
「やる気」が出ないことに対して、「苛立ち、焦り、情けない、イライラ」、といったアウトプットが生まれている。
つまり”うつ”であることにストレスを感じてさらにうつ状態になるという悪循環に陥りかけているようだ。まるで”うつの極期”のように。。。
それはそれとして、じゃあ、そもそもうつになった原因は?と改めて考えると、もうよく分らない。
外的要因としてはたくさんある。それらの積み重ねだったと思うけど。
営業時代3年目ぐらいで3人のチームの内2人の上司・先輩が立て続けに異動し(後任は来たけど)、以後1年以上毎日23:45(要するに終電)まで仕事してたこと(しかも手当てはゼロ)。
自動車部品(の素材)の開発・営業は、「カンバン方式」という名の下請け依存・サプライヤーへのリスクヘッジ、に日々晒されそのストレスは相当なものだった。
あるときはウチの上層部が勝手に生産基地を変更したばかりに、同じ素材を供給できなくなり、その素材を使った部品の在庫が底をつき、某自動車メーカーの製造ラインを止めそうになった(欠品騒ぎ)。
その時は先の通り、本来なら相談したりして頼るべき上司・先輩が2人とも異動した直後、一人で奔走した。
だって、自動車メーカーのライン止めたら一日で数億円の操業補償を請求されるからね。(そのくせモデルチェンジ時に余った部品は引き取ってくれない。)
当時名古屋駅前に出来たばかりのマリオットビルを見上げて、「あそこから飛び降りればラクになれる。」って真剣に思ったこともあった。
結局はお客さん(部品メーカー)の協力もあって事なきを得たけれどね。
営業のころのストレスはとりあえずそんなもんかな。
あとは、中小企業診断士の受験勉強に打ち込んだ結果としての燃え尽き症候群。
労働組合の支部役員として、続けざまのリストラに対するストレス。
開発・営業から経理に替わったことで、また一から勉強し直さなければならなかったこと。営業と間接部門との文化(?)の違いによるカルチャーショック(学生から社会人になった時よりも大きかったよ、笑)。
その経理も、異動して半年後に上司が異動。よって初めての決算業務・会計監査対応を基本的に一人でやることになった。
そして落ち着いたらヒマだった。
娘が生まれて生活が激変したこと…etc.
…そんなこと数え上げてもしょうがないわなあ。とにかくそれぞれのストレスは小さくても、続けざまに襲ってきたことで限界を超えてしまった、ということなんだろうけど。
じゃあ、どう振舞っていれば、ストレスを感じずに(せめてうつにならずに)済んだんだろうね。
それが「思考パターン」であり「生き様」なんだろうな。
それをいかに強いモノに変えていくかが、これからの問題か。
結局今の私の「思考パターン」は、「人に良く思われたい、評価されたい。」というものであることはこれまでの考察ではっきりしている。と思う。
逆に言うと「人に良く思われる、評価されている」時にのみ「安心感」を得ることができる「思考パターン」と言える。
でもあの図書館で借りた本の著者曰く「安心感は外部には無い。自分の心の中から湧き出してくるもの」だったな。
いまだに意味がわからねえよ。
実際、この記事で過去の「苦労」を挙げていったのも、結局はこのブログ読んでくれている人に「認めて欲しい」からじゃねえのか?(苦笑)
どうすれば、不動の(?)「安心感」を得ることができるのか。
というより、そんな人間がいるのか?
「不動の安心感」を持つ人間などほとんどいないのなら、なぜうつになる人とならない人がいるんだ?
わかんねえ。堂々巡りだよ。
そんなこと考えずに、ボケ~っと流されて生きればラクなんだろうな。
でもそんな生き方はイヤなんだよな。。。ふう(ため息)。