一度は探索終了したのですが、撮影した画像がなくなり、
まとめきっていなかったので、再探索しまとめました。
http://www.interq.or.jp/mercury/takasugi/railroad/tounotetsudou.htm
先日、那珂川町馬頭郷土資料館企画展にて、
「まぼろしの鉄道-東野鉄道と長大線敷設計 画-」があり、
見てきて、新たな事実を知り、驚きました。
とりあえず、東野鉄道廃線跡の象徴的なものを紹介します。
西那須野駅の上下ホームに残る、東野鉄道への跨線橋跡です。
蛇尾川前のトンネルです。
蛇尾川側のトンネルは埋められてしまいました。
橋台が残り、対岸には当時の鉄橋の姿が紹介されています。
てっちゃんに有名な注意板「きしゃにちゅうい」
実際は「きしゃにちゅういせらるべし」まで書かれていたとか。
現在はスーパーになっている黒羽駅跡を過ぎた地点にある湯坂川。
そこに橋台がどーんと、いや、林に隠れてそっと佇んでいます。
その近くには、住宅と田園の中に2脚しっかり残っています。
唯一残るホーム跡、佐良土駅ホーム跡です。
一見、畑の縁にしか見えません。
那須小川駅跡に立つ小学校。
2本のプラタナスは当時からあり、その様子を伝えています。
新たな事実とは。。。
これまで、烏山線烏山駅に掲示してあったこの、
「烏山鉄道株式会社路線略図」。
上の国鉄西那須野駅から東野鉄道が伸びて、
下の烏山線烏山駅から計画線が延長されて、
馬頭で合流、そして茨城県大子へと鉄道は延びています。
烏山駅。
終着駅ながら路線が先まで伸び、ホームを過ぎて単線化、
今では点検でしか使用しないホームも残っております。
が!!
那珂川町馬頭郷土資料館企画展資料の中には、
ご覧の通り、烏山駅掲示の路線略図プラス、
真岡線茂木駅からも茨城県長倉まで延長。
茂木駅先の長倉線の遺構。
未成線も工事が進んでいたため、遺構は多く残っており、
これは鉄道が走るはずだった築堤です。
さらに、烏山鉄道烏山駅まで延長されている。
ここまでの一大プロジェクトが存在していたのです。
しかし、度重なる台風の鉄橋被害、世界恐慌、戦争・・・
様々な要素が地元や国の財政を圧迫し、計画は消えてしまったのです。
それどころか、東野鉄道自体が無くなってしまいました。
今では当時の人たちの熱い思いを遺構達が伝えるのみです。









