証します。

母は私が胎内にいるとき流産しようと何回も階段から飛び降りました。生後8か月で小児結核になり入院して3·4才の頃退院してから実際の虐待がはじまりました。愛されていない。憎まれていることをその時から知っていました。お前なんか生まれて来なければよかったんだ。と繰り返し呪いのように言われました。食事も満足に与えられずいつもお腹をすかせて、母は殴る蹴るを繰り返し人としての良心もなくしていたと思います。笑うことも泣くことも忘れて、心、たましいはボロボロになっていました。4·5才の頃主イエスさまの御姿を見ました。そのことは後の生きる支えになりました。なぜか目に見えない大きな力があることを信じました。

小学校に行ってもずっと虐待は続きエスカレートしていきました。フトンたたきで目に見えないところを傷つけられてミミズ腫れになって椅子に座ることもできません。給食が唯一の栄養源です。遠足や運動会などの行事に参加させてもらえません。教師は気づいていたと思います。経緯は知りませんが、児童相談所から児童養護施設へいきました。救世軍の施設でした。私は虐待されないで食事もいただけたので幸せでした。施設は4年ほどいました。大人になるまで母と父の所へ行ったり来たりしました。親の結婚生活は破綻していました。うろうろしながら今思い出すと恥ずかしいのですが、八百屋さんからリンゴを盗んで追いかけられたりしました。不思議ですが、私のまわりに1人は気遣いしてくださる方がいました。環境により人は替わりましたが。。。

性虐待されたり、自分は何故生きているんだろう。といつも思っていました。主イエスさまの御姿を思うとどんなに傷ついても生きることができたことに感謝いたします。

クリスチャンになって母が父に虐待されていたことを私にそっくりそのまま行っていたことに気がつきました。虐待者は被虐待者でもあります。比較することではなくどんな虐待でも心とたましいを傷つけるので程度は関係ありません。

主イエス·キリストは人間の罪と呪いから私たちを助けるために十字架にかかられ血を流して死なれ3日目によみがえり天に昇りました。

感性が乏しくなっていた私は時間がかかりましたが、主イエスさまの愛によって救われました。

今苦しくなると主イエスさまは私を愛している。と何度も心の中で叫びます。さまざまな世の中の底辺にいる方々を見てきました。自分が汚れていると思って自分を非難したり自己卑下したりしました。神さまと主イエスさまは聖霊さまを与えてくださいました。私の心の支えです。

悪霊に支配されてきた人生から主イエスさまは解放されました。


虐待されて苦しんでいるあなたへ。

あなたも主イエスさまによって癒されて悪霊から解放されてください。主イエスさまはあなたを愛しています。今も生きていて、私たち人間を救いたいと思っておられるのです。その深い愛はどんな状況にあっても変わりません。ありのままの私たちを愛してくださっています。信じてください。本当の愛は人では得られません。条件付きの愛ではなく無条件の愛です。主の御体である教会に行って礼拝してください。あなたにふさわしい教会が、与えられますように祈ります。

平安と祝福が、あなたにありますように。


わたしは主である 

わたしのほかに神はいない

ひとりもない

あなたがわたしを知らなくても

わたしはあなたを強くする

イザヤ45:5


強くあれ 雄々しくあれ

主があなたの前を進まれる

強くあれ 雄々しくあれ

主はいつもあなたと共におられるから