『1st Look』HP カバーストーリー

http://www.firstlook.co.kr/?people=i-am



I AM

May 3, 2012 / Vol.20

SMエンターテインメント所属アーティストのリアル ヒストリーを入れた映画<I AM.>。 カンタ、ボア、東方神起、スーパージュニア、少女時代、f(x)の練習生時期からニューヨーク マディソン スクエア ガーデンで公演するまでの過程がそっくり入れられた。 数年前、オーディションを見にきた4名の少年少女はこのように成長している。

(ユノ部分抜粋)


This is 東方神起


This is 東方神起

U-Know


“I AM. ‘Ing’. 私はいつも現在の進行形です。 私だけの‘Ing’を作っていって‘End’を迎えた時、力強く笑ってたらいいですね。”

“目がきらきら。”映画<I AM.>の封切りを控えて、自身のオーディション映像を見ることになったユノ・ユンホがその時の自身を表現した言葉だ。 “舞台に立ちたいという気持ち一つで、怖いことがない夢多い少年でした。”そしてその少年は二十七になってマイケル・ジャクソンとバックストリートボーイズだけが成功したという東京ドーム3回公演を進行して涙を見せた。 今まで舞台で一度も泣かなかったという彼がついに封印を解いたのだ。 “3年ぶりにまた立った東京ドームの舞台は特別だったんです。 公演途中にファンたちがライトを白色に変えました。 その時、突然過去の思い出が通り過ぎました。 ‘私はこの舞台に立っているんだな’という気がして。 幸せな時だけ泣くという自身との約束は守ったようです。”去る1月から東京ドームをはじめとする日本全国を回って行われたライブ ツアー公演は総26回、55万人を動員してそれこそ気炎を吐いた。 日本進出7年目だ。 韓国で歌謡大賞を受けた歌手が日本に初めて進出して大学祭の舞台に立った時、今の成果を予想したのだろうか。 彼は高等学校の時に、成功したら開けてみる手紙と反対に失敗したら見る手紙を自身に書いた。 一人で地方から上京して、不確実性と向き合って練習した時期だった。 幸い彼は後日成功の手紙を開けてみることができ、嘘のように失敗の手紙をなくしたのか消えた。 今彼の心の中では二番目手紙を書くところだ。 “幼い時から歌手という夢を見たからなのか、練習生時期に夢見た少年が20代になった今でも続いてます。”彼の夢の最後の段階は、学校と社会福祉施設を開くことだ。 “私のようにミュージシャンを夢見る友人たちに助言をして力になる後援者になりたいです。 中学校の時から持った夢です。 当時の私が望んだ部分です。”多分彼が講演をするならば、今日した話を繰り返すことになるだろう。 “私は身体を壊すほど熱心にしました。 熱心にするほど実力は増えたのです。 また重要なのは初心と中心を失わないで、気を引き締めなければならないということです。”彼は近い将来2泊3日の休暇に行く予定だ。 恐らくこういう単発の休暇が、唯一自身を癒す時間であろう。 その時ごとにチェガン・チャンミンと共に、あるいは一人で突発的に旅行に出発したりする。 歌手なので業界の人々だけに接するから、旅行に出て不特定の人々を静かに観察することがおもしろいと。 そして“ユノ・ユンホとチョン・ユンホを徹底的に分離しようとする”という彼らしい休暇が終われば、また55万人の観衆を集める東方神起に戻るのだ。 “休息も良いが、私は歌手である時がさらに幸せです。 私の偶像マイケル・ジャクソンのように、永遠に記憶に残る歌手、メント(指導者)になる歌手になりたいです。”


This is 東方神起  


[韓国記事より]

This is 東方神起