5月の爽やかな風が気持ち良い


普通なら遠出して、

新緑を満喫したい時期に、

繁華街の老舗ホテルに宿泊を予約した


目的は、近くのお店に行くため


夕暮れまでぶらぶらショッピングして、

パンプスの足が痛くなってきた頃に、

記憶のある小さな路地裏にたどり着いた、


古くて重そうな扉の、横にある小さな窓

オレンジ色の暖かな灯りが、歩道を照らしている


中を覗くと、

奥の棚には、洋酒の瓶やグラスが丁寧に並んで、キラキラと光が踊っている


20代前半の私には、とても大人びた風景に見えたな…


お酒の種類も知らないのに、

酒瓶に反射する光が、古い映画のシーンみたいで、

この空間に包まれるのが好きだった


この扉を一人で開けるの、

毎回緊張してたな…

だから、余計に重そうに見えた扉…


近くに来て触れたら、

古びた油のような懐かしい匂いがした

33年前と、変わらない…

重そうな扉、


えいっ、と開けて、中に入った


やっぱり、おばさんになっても、街のバーなんて入り慣れてないから、緊張する…


「一人なんです。待ち合わせで…」


それだけ言って、カウンターを指差し、右の奥の席に座らせてもらった

まだ早い時間だから、空いていて良かった、


懐かしい…  


流れるジャズ

変わらない雰囲気、変わらない場所

この、席だったかな?

たぶん…


今時、水割り頼む人いるかな?と思ったけど、

33年前と同じ注文にこだわった


「ハーパーの水割りを下さい  

…あ、ダブルで…」


「はい、

今日はお買い物でしたか?

いつもより街は空いていますよね」


手荷物の紙袋を見てバーテンダーが話しかけてきた


たわいない会話が続く


腕まくりした白いシャツが似合う

30代後半かな?

若く見えるだけかな


彼に気づかれないように、

少しずつ回りを見渡し、

ゆっくり

この空間を全身で感じた…


ゆっくり… ゆっくり


目に写る風景が、記憶の中の風景に重なって行く

素敵な時間…


2杯目にハイボールを頼み、

グラスの中の氷が頭を出した頃、

携帯電話が光った、


バーテンダーが、

「お相手の方、連絡ありましたか?」と、


それを合図に、

ほろ酔いの私は

気分良く話し始めちゃった…


「私、ここで、20代の頃付き合っていた人と、待ち合わせをしていたんです

昔は携帯電話がなかったから、

待ち合わせをお店の中にして…

ここで、

良く待たされました…」


「そうでしたか…」


「先日、その人が亡くなって…

それで今日は来たんです」


「もしかして…、今日は、その方とのお待ち合わせ…という事ですか…?

     良い思い出だったんですね?」


「いえ、違うんです…

なんとなく区切りがついて、

あの頃の、私に会いに来たんです

20代の私に…

背伸びして、一人ここで水割りを飲んでいた私に」


「へえ…そうなんですか

へえ…で、会えましたか?」


「(笑) 会えました、

                   そう…感じます…」


「…良かった?ですね」


「私、今、

自分探しのタイムトラべル中なんです(笑)」


「タイムトラベルですか、」


「そう、

自分の娘より若い頃の私に会って、何がしたいんだろ…

って、思うでしょ?

こら、お前これから苦労するぞ!

って、説教しに来た…

つもりでもないし、

それに、

ここに来て、人生が変えられる訳じゃないし…     何ですかね?」


「人生の分岐点に戻って来た感じですか?  

あれですよ、

竹野内豊がタクシー運転手役の、タイムトラベルのドラマありましたよね?」


「あ、知ってる、

タクシーのお客が、

人生の分岐点に戻って、やり直すやつね(笑)

              それも興味深いね…

   あなたにもそんな力ある?」


「タイムトラベルカクテル🍸️

作っちゃうバーテンダーですか? 

     無いです、無いです(笑)」


「楽しい、いいねそれ!  あはは…!」

声を出して笑った


「なんか楽しかった!  パワーもらったわ!

あの頃の私、中身もなくて、

何にも考えてなかったけど、キラキラしてたの(笑)

危なっかしいけど、今の私より、たくましくて強かったのかも

今日は彼女に力をもらいに来たのかもしれない…


  聞いてくれてありがとう…」


そう、お礼を言って店を出た


知らないうちに外は雨が降っていた

傘がなくても何とかなりそうな霧雨、

濡れながらホテルまで歩こう


濡れた路面がキラキラ輝く

酔っているときは歩くのが楽しい


キラキラキラキラと、

あの頃の私からのメッセージを感じた


『おばさん、

「疲れた…」って、口癖?

人生楽しまなきゃ、

何にも悪いことしてないんでしょ

堂々としてたらいいよ

思い出して、好きだったこと、My World、


幸せは手に入れていますか?


物足りないと思うのは、欲があるから、

それって若いよ!  

普通の事だよ!

難しく考えすぎじゃない?


好きな音楽、ジャズ、映画、旅行や食べ物、洋服、友達

人生にMy Worldのスパイスをふりかけて、満足すればいい

だって、全部は手に入らないから(笑)

そんなん、当たり前だよ


世界はキラキラで溢れてる

まだまだ知らない世界がいっぱいあるよ

知ったつもりの大人になって

疲れた顔して、わくわくする事忘れてる

つまらない大人になってない?


幸せは手に入れていますか、

ちゃんと感じることができていますか?

My World  大事にし続けていますか?


私が感じていた事、ちゃんと思い出してね、

大切なこと…


そして、

私は、あなたを目指して生きていけますか?


そう…


それなら、大丈夫

大丈夫だよ!  』


そう、聞こえた


涙が溢れて、

足は痛いのに、

どこまでも歩けそうな気持ちになった


今日も1日、あぁ楽しかった!

そう、感じてベッドに入ろう


大人になって忘れてしまったこと

大切なこと…思い出して


そんな1日1日を続けて行けば、

大丈夫だね…


ありがとう