ビジョンが人生を輝かせ、価値を与える
から、ちょっと違った視点で見ていきましょう。
人生の一つ一つの出来事は、
それ単品で良いことだったとか悪いことだったとか
判断することはできません。
人間万事塞翁が馬ともあるように、
すべての結果(現実)は、未来の原因になっています。
正確には、結果に対して自分が抱いた印象が
未来の原因になります。
100円を拾って「今日はツイてる♪」と思えば
「自分はツイてる」というフィルターを通して
物事を見るようになるので、
小さなものから大きなものまで動かす力だ
ツイてると思えるようなことを敏感に
たくさん発見できるでしょう。
逆に100円を落として「今日はツイてない↓↓」と思えば
「自分はツイてない」というフィルターを通して
物事を見るようになるので、
いつもなら気にしないような小さなことでも
ツイてないと思ってしまって、
結果、ツイてないと思う機会が増えてしまうでしょう。
この「自分はツイてる、ツイてない」というフィルターこそが
上記の記事で言う
「『自分はこういう人間なんだ』
と決めつけ、それを思い込むうちに
信じてしまう」という部分です。
運にまつわることなら、いずれいいときもあるさと
楽観的にもなれるのですが、これが
自分の能力や可能性の話になってくると
まずいことになってきます。
例えば、何か仕事で失敗をしてしまって、
「自分は能力が無い人間なんだ」と思ってしまったら
どうなるでしょう?
「能力が無い」というフィルターを通して
物事を見てしまうと、それ自体が自信の無さに
繋がってしまうというのに、
それに加えてどんな小さな失敗でも拾い上げて
どんどん能力が無いと思ってしまいます。
結果、自信の無さを増幅させていってしまうのです。
もし上手くいったとしても、
「自分は能力が無い人間」というフィルターを通す
ことによって、それは「能力が無い自分」でさえできる
当たり前のことだったという評価になってしまいます。
まさにネガティブスパイラル!
これじゃああまりに救いがありません><
では、何故こんなスパイラルが生まれるのでしょうか?
それはフィルターというシステムそのものの
存在意義に秘密があります。
そもそもフィルターとは、何度か経験したものに対して
レッテルを貼ることによって、次回以降
目を凝らして見なくてもいいようにするための
省略用のシステムです。
例えば「上に投げたものは落ちてくる」
「森とは木の集合体」などもフィルターです。
いちいちそれを気にしながら物を投げたり
森を見る人はいませんね。
それは、何度もそれを経験することによって
確信が育っているからです。
しかし、それは物理の法則や
自然を捉える時にはとても役に立つのですが、
人の特性を捉える時には
その使い方にとても注意が必要です。
何故なら、人は自然の法則にしたがって動いてるわけ
ではないからです。
暑ければ涼しい所に人が集まるとか、
ある程度法則性はありますが、
すべての人間に共通する法則、原則、特性というものは
ありません。
それなのに、同じフィルターシステムを通して
人をカテゴリ分けしてしまおうとする所に問題があります。
まるで一本の木を見てこれは「松」だと思ってしまうように、
一つ失敗した人を見てこれは「どんくさい人」だと
カテゴライズしようとしてしまうのです。
自然に付けたレッテル(名前など)は変わらないけど、
人に付けたレッテルは変わりうる、
この違いを意識していないことが問題の核心です。
人に付けたレッテルが変わると思わない人
(人に付けたレッテルも変わらないと思ってる)は、
自分にレッテルを付けたとき、そのレッテルを
変えてはいけないと無意識に思い込んでしまうのです。
もしレッテルが変わったら、フィルターシステム自体が
間違っていたことになるから。
自分の物の見方
(人も含め物事はカテゴライズできるという見方)
自体にヒビが入ってしまうので
何を信じて良いのか分からなくなり都合が悪いのです。
また、自分にレッテルを貼る人は、
自分の物のカテゴライズの仕方自体は正しいと信じてるので、
他人にもレッテルを貼り、
そのレッテル通りの行動を要求しやすいのですが、
物の見方自体にヒビが入ってしまったら
それもできなくなります。
やっぱりそれも都合が悪いです。
それを避けるために、最低限自分は自分につけた
フィルターに従って行動し、そしてそれを
相手にも要求するのです。
これがフィルターシステムの秘密から来る
負のスパイラルの構造です。
フィルターシステムによって悪いものしか見えなくなる、
良いこともフィルターシステム存続(レッテルを変えない)
のために行わないようになる。
この両面から共依存的に負のスパイラルが深まります。
これはそのまま物事を分離(カテゴライズ)によって捉える
エゴのシステムなのですが、
そのエゴのシステム自体、自分の勝手な都合によって
支えている、苦しいけどこれが真実です。
それをブレイクスルーするためには
人は変わるものだ、自然や法則とは違うということを
実際にレッテルが書き換わる体験を通して
納得するのが一番だと思います。
そのためにもやはり行動は大事です。
この記事を読んで何だかイライラした人がいたら、
是非そのイライラをしっかり感じてください。
それはいずれ自分が変わるための原動力になります。
是非自分にとって都合の悪い情報を取り入れてください。
それが自分と正直に向かい合うことになります。
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