こんばんわ、
TKGです。
昨日誓いをたてたもの、一日目をなんとか達成しました(^^)
誘惑が多いですね、本当。
肉、加工食品、ラーメンなどなど、
現代は粗食を行うには、中々難しい環境にあるようです。
そんな中、なんとか耐え切りました。
今日は昔の家に行ったのですが、
もう郵便物もなく、涙が出そうになりました。
あー、もう自分の家じゃないんだなと思うと、とても悲しくて、家族とは、愛とはなんだろうと、本当に考えました。
泣いてるのは、自分の心のどこの部分なのかわからないけれど、しかし彼は俺のどこかの愛であることに間違いありません。
泣かせてはいけません。
これを読んでいるあなたも、自分の中の愛を泣かせるような、ましてや、絶望させるようなことをしてはいけません。
私は何度も絶望し、泣いて来ましたが、その度強くはなれませんでした。
愛とは守るもの、そして調和させていくものです。調和を作るのは知恵と勇気です。
信じれば救われるなんてことはありません。
そこにある現実と自分の愛とを調和させて行くこと。
これが中々難しい。
知恵を絞らなくては、自分の中の矛盾にさえ、押しつぶされてしまいます。
私の中では、親を愛する心と、自分を愛する心とが、親がアルコール中毒であるがために、常に戦っていました。
どーいうことかと言うと、自分を愛する心は親を憎むことで自分を守ろうとし、
親を好きでいたい心はそれとは裏腹に離れて行く親に絶望感と悲しみを感じておりました。
結局タバコやお○にーで麻痺し、眠ることでしか絶望を誤魔化すことができず、太り歪んだカラダを作りあげてしまいました。
こんな感じです。
これがきっかけで、人とも上手くいかない日々が続きました。
こんな人格が、高校、大学と続き、絶望は深さを増していきました。
今でも生きていられるのは、こんな俺でも友達でいてくれた数少ない友達や、俺の生物としてのプライドがあったからでしょう。
友人はこんな俺を直感の人だとかいって、親友でいてくれます。
優しい奴で、本当なんでも言える友達です。親のアルコール中毒について話したのも、彼が初めてでした。
プライドとはかつてはイケメンと呼ばれ、100mを11.2秒で走り、彫刻は都展へ行き、合唱では指揮者を務め、留学試験に合格したプライドです。人間としての誇りではなく、生物としてのプライドです。
これは、良い方面にも悪い方面にも働く結果となりました。
私は人間関係が悪くなって自信がなくなっても、ついに反省することは出来ませんでした。
むしろより力をつけてやろうと思いました。
しかし、人間、やはり人間性にかなうものなど無いのでしょうね。
恋もできず、就職もできず、はじめて反省しました。
それからおなきんをはじめ、就職し、今はなんとか会社でも高めの評価をいただけるようになりました。
しかし、親は離婚、家族はついにバラバラとなりました。
愛とは、そこにあるが故に苦しいものです。
そこに蓋をして、いくら力をつけたところで、砂上の楼閣。
私の父のように、潰れていくだけなのです。
あれだけ憎んだ父と、同じ道を進んでいたなんて。
多くのスキルを身につけた父は、常に人間関係に問題を起こし、会社勤めが長続きせず、アルコールに逃げていた。
臭いものに蓋をしても、
やはり中から腐っていくのは、
他ならぬ自分自身なのでしょう。
他者への愛と自己への愛が合致する人はそれだけで幸せになれると思います。
宗教ではありません。
これは、俺自身の観点でこのように考えています。
他者への愛と、自己への愛が合致する。親への愛と、自分への愛が合致する。もうそれは無理かもしれないけど、こんな人間に、俺はいつかなりたいです。
かつての両親が成し得なかったことを、俺ができるようになりたい。
そう思います。
長々と失礼しました。
iPhoneからの投稿
TKGです。
昨日誓いをたてたもの、一日目をなんとか達成しました(^^)
誘惑が多いですね、本当。
肉、加工食品、ラーメンなどなど、
現代は粗食を行うには、中々難しい環境にあるようです。
そんな中、なんとか耐え切りました。
今日は昔の家に行ったのですが、
もう郵便物もなく、涙が出そうになりました。
あー、もう自分の家じゃないんだなと思うと、とても悲しくて、家族とは、愛とはなんだろうと、本当に考えました。
泣いてるのは、自分の心のどこの部分なのかわからないけれど、しかし彼は俺のどこかの愛であることに間違いありません。
泣かせてはいけません。
これを読んでいるあなたも、自分の中の愛を泣かせるような、ましてや、絶望させるようなことをしてはいけません。
私は何度も絶望し、泣いて来ましたが、その度強くはなれませんでした。
愛とは守るもの、そして調和させていくものです。調和を作るのは知恵と勇気です。
信じれば救われるなんてことはありません。
そこにある現実と自分の愛とを調和させて行くこと。
これが中々難しい。
知恵を絞らなくては、自分の中の矛盾にさえ、押しつぶされてしまいます。
私の中では、親を愛する心と、自分を愛する心とが、親がアルコール中毒であるがために、常に戦っていました。
どーいうことかと言うと、自分を愛する心は親を憎むことで自分を守ろうとし、
親を好きでいたい心はそれとは裏腹に離れて行く親に絶望感と悲しみを感じておりました。
結局タバコやお○にーで麻痺し、眠ることでしか絶望を誤魔化すことができず、太り歪んだカラダを作りあげてしまいました。
こんな感じです。
これがきっかけで、人とも上手くいかない日々が続きました。
こんな人格が、高校、大学と続き、絶望は深さを増していきました。
今でも生きていられるのは、こんな俺でも友達でいてくれた数少ない友達や、俺の生物としてのプライドがあったからでしょう。
友人はこんな俺を直感の人だとかいって、親友でいてくれます。
優しい奴で、本当なんでも言える友達です。親のアルコール中毒について話したのも、彼が初めてでした。
プライドとはかつてはイケメンと呼ばれ、100mを11.2秒で走り、彫刻は都展へ行き、合唱では指揮者を務め、留学試験に合格したプライドです。人間としての誇りではなく、生物としてのプライドです。
これは、良い方面にも悪い方面にも働く結果となりました。
私は人間関係が悪くなって自信がなくなっても、ついに反省することは出来ませんでした。
むしろより力をつけてやろうと思いました。
しかし、人間、やはり人間性にかなうものなど無いのでしょうね。
恋もできず、就職もできず、はじめて反省しました。
それからおなきんをはじめ、就職し、今はなんとか会社でも高めの評価をいただけるようになりました。
しかし、親は離婚、家族はついにバラバラとなりました。
愛とは、そこにあるが故に苦しいものです。
そこに蓋をして、いくら力をつけたところで、砂上の楼閣。
私の父のように、潰れていくだけなのです。
あれだけ憎んだ父と、同じ道を進んでいたなんて。
多くのスキルを身につけた父は、常に人間関係に問題を起こし、会社勤めが長続きせず、アルコールに逃げていた。
臭いものに蓋をしても、
やはり中から腐っていくのは、
他ならぬ自分自身なのでしょう。
他者への愛と自己への愛が合致する人はそれだけで幸せになれると思います。
宗教ではありません。
これは、俺自身の観点でこのように考えています。
他者への愛と、自己への愛が合致する。親への愛と、自分への愛が合致する。もうそれは無理かもしれないけど、こんな人間に、俺はいつかなりたいです。
かつての両親が成し得なかったことを、俺ができるようになりたい。
そう思います。
長々と失礼しました。
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