こんばんわ!

表題の件ですが、ここ五、六年で本当に久々じゃないでしょうか。

カラダを誉められました!笑

しかも、風嬢に!笑

営業だろ、と思うかもしれませんが
いやいや、なんかいつにも増して濃厚なサービスでしたよ笑

実は最近、あるブログに触発されまして酵素ダイエット?酵素断食(プチ)?
なるものをしているんです。

体の老廃物を出すため、一日のうち二食は野菜と果物だけで過ごし、
三食目だけは普通の食事でOKというものです。

クソ丸氏もたしか同じようなことをしていたような記憶が。。

とにかく、これが効きます。

う◯この方ですが、
私は元々困ってはいなかったのですが、一日8回は出ますね。

体の毒素が排出されるプロセスの中で、このような作用が生まれるそうです。

また、このプチ断食は、生もの食べ放題なので私は生野菜と生魚は結構食べてます。

あと、ストレッチですね。
これは言われなくてもやっていたんですが、色々ブログを参考にしていたら柔らかくなってきました。

今日風嬢にこのカラダ好きって言われましたし、ソー言えば昨日接骨院でも、今日は足の長さが揃ってるねと言われるなど、効果がメチャ現れている(=´∀`)人(´∀`=)

ま、私は怪しい伝道師ではないのでここではブログは紹介しませんけど、

世の中、努力するなら先ず情報収集からですよ。

間違った情報に踊らされては、成長できない。

では情報が全てかと言うと、そうではないんですけどね。

情報とは常に断片的であり、自分に不足した部分に合致させるには、繋げる努力が必要であって、要素と全体を見極めなければ、巨大な成長を果たすことはできない。

一は全、全は一。

この解釈でいいのか分からないが、
例えばカラダを全、骨を一とした時、

骨一つが悪かったとしたらどうだろうか。

カラダ全体でみれば悪いのは骨一つだ。だが、骨一つ悪いだけで、カラダ全体(生活)を通してみると、全体のバランスが崩れているはずだ。

同じことが例えば地球にも言えるだろうし、組織やチームにも、そして個人にも言えるだろう。

つまりは全てを一と捉え、欠けている部分を見出し、一は全に繋がっていると考えることが、最後の結果に繋がると言い換えることができるわけだ。

うーん、我ながら鋭い笑

されど、完璧とはどのようなものだろうか。

完璧さえ、その裏には無理がかくれていやしないか。

つまり完璧とはいい加減であり、
良い加減である限り、完璧ではあり得ないのである。

つまりは、一は全、全は一。なれど良い加減こそ最高のあり方であり、そこに在るということである。

そして最終的には完璧な人間など、この世にはいない。と言えるのではないか?

おぉ、俺、哲学者だ。

さて、この哲学者TKGは、う◯こと、風俗と断食によって、このような見解に辿り着いたのである。

奥ゆかしいね、人生は。




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