俺としては

嘘つきが嘘に呑まれることほど、
無惨なことはないと思う。

嘘から出た誠のように、

自分でついた嘘に染められて行くような

自分がそんな風になる気がした。

俺は正直に生きてきた。

変わりものと言われても。

だが、会社に入って最近、嘘をつくよくになった。

嫌な奴から身を守り、そいつをぶっ潰すためである。

そいつは常に俺から本音を引き出し、
皆に広め、あざ笑う、そんな嫌な奴だった。

さらに言うと、裏で陰口を叩く、そんなやつだ。

仕事では俺の仕事を聞き出し、フリーライドして、自分は楽をする。

そんな奴。

最低なので、ぶっ潰すと決めた。

元々表舞台では俺の方が目立つ、上司にも好かれているので、

徹底的に嘘をつき、奴に嘘の情報を流した。奴は俺が何でも正直に言うと信じてる。だからその裏を取った作戦。

結果は大成功。奴の前では嘘をつき、
上司の前で本当のことを言う。

さらに先手をうち、奴のやっていてイメージダウンしそうな普通のことを言う、奴のやっていたこと全部跳ね返してやった。

最近は俺が押している。

さて、嘘をついていて気が付いたことがある。

それは、嘘をつくのは辛いことだということだ。

まるで嘘の自分がそこにいるみたいだ。


そう、嘘に呑まれそうになった。

危ないとこだ。

危うくデカい罠に引っかかるところだった。

あまりに色々うまくいく裏で辛い思いをしている意識があった。

信じる心である。

アホな心。信じる心。

そう、嘘をつく時、人は常に本当のことを意識しなければならない。

信じたい自分のあり方に対し、

武器として使う嘘は

常に諸刃の刃だ。

嘘とは危ういもの。

使うときは常に本音を把握すること。

私の見つけた、嘘の極意、その一。

あー辛い。嘘。
やな奴ってなんでいるんだろうね。
やだね、嫉妬。



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