体裁を守るのを見てたって痛々しいだけだ。
本当の自分はどこにあるのか。そこに他者は存在しているのか。一体なんのためなのか。
誰のマネもせず、自分のオリジナリティと直感を頼りに
生きたいと、そう思っている傍で、カリスマと呼ばれる人のマネばかりしている。
そんな、パラドックスを抱えた思春期。
欲しいものを得るため、自分を偽ったことで、逆に傷ついた思春期。
社会人になると今度は、自分の体裁や、他人の体裁を気遣うようになり、組織での自分の在り方を身につけていく。
自然と付き合い方も薄く、なる。。と思っていた。
でも、それは関わり方の問題で、それは手段のお話しだ。
体裁を気遣うあまり他者の存在を忘れるような愚か者に、自分もなってしまっているのが現実だ。
責任とはなにか。
自分らしさとは
社会とは
一体何なのだろう。
体裁とは、何のためにあるのか。
iPhoneからの投稿
本当の自分はどこにあるのか。そこに他者は存在しているのか。一体なんのためなのか。
誰のマネもせず、自分のオリジナリティと直感を頼りに
生きたいと、そう思っている傍で、カリスマと呼ばれる人のマネばかりしている。
そんな、パラドックスを抱えた思春期。
欲しいものを得るため、自分を偽ったことで、逆に傷ついた思春期。
社会人になると今度は、自分の体裁や、他人の体裁を気遣うようになり、組織での自分の在り方を身につけていく。
自然と付き合い方も薄く、なる。。と思っていた。
でも、それは関わり方の問題で、それは手段のお話しだ。
体裁を気遣うあまり他者の存在を忘れるような愚か者に、自分もなってしまっているのが現実だ。
責任とはなにか。
自分らしさとは
社会とは
一体何なのだろう。
体裁とは、何のためにあるのか。
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