体裁を守るのを見てたって痛々しいだけだ。

本当の自分はどこにあるのか。そこに他者は存在しているのか。一体なんのためなのか。

誰のマネもせず、自分のオリジナリティと直感を頼りに
生きたいと、そう思っている傍で、カリスマと呼ばれる人のマネばかりしている。

そんな、パラドックスを抱えた思春期。

欲しいものを得るため、自分を偽ったことで、逆に傷ついた思春期。

社会人になると今度は、自分の体裁や、他人の体裁を気遣うようになり、組織での自分の在り方を身につけていく。

自然と付き合い方も薄く、なる。。と思っていた。


でも、それは関わり方の問題で、それは手段のお話しだ。

体裁を気遣うあまり他者の存在を忘れるような愚か者に、自分もなってしまっているのが現実だ。

責任とはなにか。
自分らしさとは
社会とは
一体何なのだろう。

体裁とは、何のためにあるのか。





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