<相関する愛の宇宙🌍>
「カトウさん。葉っぱがハミ出ています。これは、よくないことなので、切ってください」
隣りのおじぃは私に対して完全に口頭&高等コミュニケーション
「言葉」
を使ってくれるように、なった。
「はい💖切りますね🤗」
仰せの通りがすがすとお庭のお手入れ。
年頭だったか
おじぃが勝手に根元から切ったハイビスカスも
すっかり元の背を越えるとこまで復活している。
わたしの庭、わたしの宇宙はもう
「他人に根元から勝手に斬り落とされる世界」
ではなく
「尊重の対象たる世界」
となっていて、
そのことが、じわじわ嬉しい。
果たして
「世界の移行」はどのように行われたのか。
①怒りと悲しみをなるべく時差なく全身全霊で表現した。
おじぃの腕をわしっと掴み
ご近所中に響き渡る、よく通る大きな声で
キレ倒した。
「ちょっと塀からはみ出してるからって
この小指を私が切ったらどうよ💢
アンタがやってるのはそういうことだあぁ」
「せっかく花が咲くとこまで育ったのに‼️」
「問題あるなら口で言えばいいでしょう⁉️」
「去年も同じやり取りしたよね⁉️」
(怒り泣き)
この時点で泣き寝入りしたり
「数センチでもハミ出てるなら切られても仕方ない」
「ボケてらっしゃる老人なんだから仕方ない」
というまとめを採用して
怒りをぶつけることを止めていたら
「わたしの庭は植物は
わたしの身体の延長であり
尊重されるべきいのちの一端である」
「いのちをいきなり傷つけられたら、痛い」
「何か問題を感じるとき
実力行使ではなく
言葉を使ったコミュニケーションで
解決することもできる」
という視点に
おじぃが至ることは
なかったかもしれない。
②「できる限りの愛」を日常の隅々、庭の隅々まで向けるようになった。
沖縄の植物たちの勢いは基本すさまじく
「はっ」と気づくとすごいことに😱
の繰り返しで
とても御嶽レベルにまでは達していないが、
朝起きたらなるべく
鉢植えのお花たちの水やりだけでなく
家のまわりをぐるっと
草を抜きながら愛で歩くようになった。
いつだっていちばん後回しになっていた
それでぜんぜんかまわなかった
「日常」
を、
音楽やダンスや舞台を創ることと同じレベルで
指先の一ミリ
呼吸ひとつ
一音
いちべつ
妥協なく望む世界を創ることができる
という
私にとっては新しい発想のもとに
徹底した「自己愛」を試している。
人間というトーラスの
じぶん担当の
この個体
この器
この円環を先ず満ち満ちにみたし
器から溢れ出る愛を
呼吸
循環するいのちを
他者が観測し受け取る
共振が起こる
ルートはひとつ
注ぎ口はここ
わたしが「わたしの世界」をリスペクトし
注力し
いのちのままを表現することで
おじぃにとっての「わたしの世界」も
尊重すべき隣人の世界へと変貌した。
わたしの世界ではもう
斬られ斬らせて
自分の持ちネタ抱え傷を
口内炎を確認するが如く舐めまわし
ああ痛い
痛くてちもきイイ💖
というプレイも必要ない。
この個体
この器が携えて来た宇宙のど真ん中
王の椅子の座り心地は
孤独と同時に
圧倒的な信頼に溢れている。
じぶん含めた「みんな」への
みなもとへの
揺るぎない信頼がある。
「こ」
であることと
「みんなみんなありがとう」
は、
ぜんぜん両立するやんけ🧬
みんなみんな
たったひとつの椅子から
誰ひとりとして重ならない角度で
同じ宇宙を見上げている
不思議で愛おしいいとなみ
ひさびさに声に出して
あっちの世界の両親に伝えた。
「わたしはここに居て、シアワセだよ〜」
口にしていることがホントウで
全細胞がとても、嬉しくなった🤗
