1000日ダンス伊良部島 135舞
20200303 「踊るように生きる」
ミルク浜 ひな祭りの日
踊るように生きる
歌うように生きる
よく言われるフレーズで
私も使ったことがあるけれど
それをほんとうの意味でやったことは、
なかったと思う。
より自由に踊れるようになるために
身体が効くようになるために
あらゆる手を尽くす
という時代を過ぎてからの
ここ10年程のテーマは
「どれだけ1ミリの嘘なく踊れるか」
昨年末の舞台でやっと、
見えないところからの一致を見る
次元の入り口に立てた
ような氣がしたそれを、
オフステの日常に持って来るなんていう発想は、
なかった。
できるわけが、ないよ
だって日常では
誰かと喋ったりご飯を食べたり
お仕事したり、
しなければならない。
「生きることは踊ること」
「日々の暮らしが踊り」
それはそうだけど、
そうなんだけど、
それらのことばたちが意味するところは
「舞台だけがダンスじゃないだろ」
「もっと暮らしを大切に みんなを大切に」
「日常だって踊りのうちだよ」
的な…
何かをあきらめて妥協していく
踊りかたを
他人に
社会に寄せていく
いかなきゃならない
雰囲気が、
していた。
けど、
そうじゃ、なかったら?
「踊るように生きる」
舞台の至福を
日常に社会に
持ち込んでいいんだとしたら?
あの、
「わたし」がいない
もしくは
「わたし」しかいない
もしくは
「音」しかない
あの瞬間の感覚で立ち位置で
そこで生きてもいいんだとしたら?
一挙手一投足
髪の毛1本
外側に寄せていく必要が
ないんだとしたら?
わたしの世界には
今度こそ他人が消滅する。
それを、恐れていたと思う。
たぶん
そこがはじまり。
そこからどんな風に
他人と関わったり
お仕事したりしていくのか
実験をはじめた
生きているどの瞬間にも至福を持ち込む実験。
た・の・し・い 。