

🦋旧ブログ、2013.3.26の過去記事に加筆、訂正し再掲載します🦋
チネイザンこぼれ話① 他のやりかたと違うところは?
<内臓への深いアプローチ>
「じっさい何やるの〜?」
「お腹を『直接』はちょっと。。。」
という方もよくいらっしゃいます。
そりゃそうだぁ〜
<内臓への深いアプローチ>
「じっさい何やるの〜?」
「お腹を『直接』はちょっと。。。」
という方もよくいらっしゃいます。
そりゃそうだぁ〜

生きものにとってお腹を見せるのってやっぱり
勇気のいることです。
家族でもナンでもない人のところにお腹をさらしにいく、なんていう行動ができるのは、
家族でもナンでもない人のところにお腹をさらしにいく、なんていう行動ができるのは、
おそらく人間だけではないかしらん。
アタマでは「ハラを出す」つもりでも
アタマでは「ハラを出す」つもりでも
カラダは緊張していて、
実際さわられると反射的にびくっ!!!
実際さわられると反射的にびくっ!!!
という反応をするのも、
とってもよくあることです。
何回か触らせて頂いているうちに、
慣れてリラックスできるようになり、
より深いところにアプローチできるようになったりも、します。
最初はある程度回数来るといいよ、というのはそういう所以もあります。
他の方法論と何が特に違うのか?
「内臓に意図的に働きかけるところ」
内臓は、身体は、「私たちが思っているよりも
ずっと深く」感情と関わり、
あらゆる経験を記憶、保持しています。
「緊張したり不安なとき、胃のへんがキュッとなる」
のはわかりやすい例ですが、そんなふうに、
各臓器、各パーツが「管轄」する分野の感情がある。
「臓器の感情」とでも言えるものが、あります。
「臓器の感情」とでも言えるものが、あります。
「臓器は、感情の振れ幅を持っている」
「各臓器固有のエネルギーの方向性は、両極に出ることが可能である」
と、言えるでしょうか。
心臓は ヨロコビ、歓喜 ⇄ 憎悪、傲慢さ
腎臓は、恐れ ⇄ やわらかさ、柔軟性
肝臓は、怒り ⇄ 親切さ
肺は、 悲しみ、落ち込み⇄ 明晰性、勇気
脾臓は、不安、心配 ⇄ 安心、公正な感じ
上記の様に、臓器に2極のベクトルの感情を見出すのは東洋思想、五行思想です。
最初のうち私はこれらを
「おもしろい物語」だと捉えていました。
緊張すると胃が、、、とか、
怖いとき腰が引ける、くらいの実感はあれど、
それ以上の話。。。例えば「肝臓」怒り
はまあわかるけど、親切さって何さ!?
とか。そんなに単純なもんかえ!?とか。
実感がなかった。
しかし、
「ダンスの為の筋トレ」という話ではなく、
臓器に身体の各部分に「意図」で「意識」で
瞑想的、気功的なアプローチをするようになって、私は身体でわかっていきました。
私たちが表面の意識では
私たちが表面の意識では
「その話もう終〜わり♪」
と処理したつもりになっている
(そうするコトによって生き延びてきた)
あらゆる経験や感情を、
身体がどれだけ覚えていてくれるかってことを。
身体がどれだけ覚えていてくれるかってことを。
(正確には、
どれだけ精密な受信機であるかってことを)
各臓器に見出される
各臓器に見出される
「ポジティヴ、ネガティヴ」
とされる感情も、
もとは同じ単なる
もとは同じ単なる
「エネルギー」であり、
人間のジャッジによって
人間のジャッジによって
「2極」として感じられるだけの話だということを。
もちろん誰の経験も感情もひといろではなく、
組み合わさって絡まり合って在りますから、
ドコをアプローチすれば必ずこの感情が出る、
というものでもありません。
が、あきらかに臓器には、
「ごはん消化してくれる〜」
という次元以上の働きが、
ものすご〜く、あった。
東洋思想の本の、あの冗談のような絵物語は、
東洋思想の本の、あの冗談のような絵物語は、
けっこうほんとだった!!!
というのが、
というのが、
いまの私の実感しているところです。
と、長くなったので本題「他の施術との違いは?」続きは次回に。
わかりやすく違うのは「風門」と「丹田」へのアプローチでしょう。
「きみは虫ピンで刺された標本の気分を、味わってみたいか!?」
<つ・づ・く>
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と、長くなったので本題「他の施術との違いは?」続きは次回に。
わかりやすく違うのは「風門」と「丹田」へのアプローチでしょう。
「きみは虫ピンで刺された標本の気分を、味わってみたいか!?」
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