三十三回忌。

 

父母の命日すら覚えていない親不孝な私。

 

三十三回忌は全ての魂が極楽浄土に入ると何かの記事に書いてあった。

激しい激情も怨みつらみも落ち着て穏やかな心情の魂となるらしい。

 

この世を去って三十三年も経てば故人の面影もややもすると存在すら忘れ去られているかもしれない。

残された者の激しい激情も怨みつらみも経年劣化。

けれど故人のいかなる善行も経年劣化で忘れ去られてしまうのは偲びない。

誠心誠意生きていただろうに。

残された者の激しい心情も魂となった激しい心情も経年劣化の相互作用。

 

申し訳なさが沸々と湧いてくる。

急遽、街に出て花屋で佛用の花束を作ってもらい瀬戸で出来た地味な色目の口広花瓶にそのままトスンと生けた。

 

窓辺の箪笥の上に花瓶に生けた花束を飾り、その前に立って感謝と冥福を願い両手を合わせる。

 

暖かい部屋とレースのカーテン越しからの日射しに生き返ったように半つぼみだった花弁が開いて菊の花の強い香りが狭い私の部屋に充満し始めている。

 

今の私は無宗教。

お線香も無ければ十字架も無い。

 

レースのカーテンの向うは青い空。

2月の空は清々しくて魂らが極楽浄土に向かうのが見えたような気がした。

 

 

この世での苦悩も過去のもの経年劣化して父母は極楽浄土で穏やかで幸せでありますように。

・・・憧れを知る人のみぞ我が悩み知りこそすれ。・・・