肺ガンのステージ4と宣告されてから
2年半の闘病生活でした
悲しくて悲しくて 人生で一番泣いた1ヶ月
ずっと家族以外とは会う気分になれず
SNSも見る気持ちになれませんでしたが
やっと気持ちも落ち着いてきたので
書きとめておこうと思います
肺ガンのステージ4
「手術はできません
できることは抗ガン剤で延命治療のみになります」
二年半前 医師にこう言われた時
一緒に検査結果を聞きに行った私と母と妹は
その場で泣いてしまいました
その時の父は
一度ゆっくりと目をつぶり
「10月にある娘の結婚式には行けますか?」
と、顔色を全く変えず かなり冷静に聞いたのを覚えています
半年後に控えている ハワイでの私の結婚式に出席できるかを一番に心配してくれた父。。
誰よりも本人が一番ショックだったはずなのに
私たちには 少しもそんなところを見せませんでした
それからはずっと
ステージ4の癌患者とは思えないほどの体力で
亡くなる1ヶ月半前まで 仕事をし
3週間に一度のペースで打つ 抗ガン剤にも
耐えていました
私の娘が産まれる1ヶ月前あたりから
食事がほとんど喉を通らなくなり
急激に痩せ 抗ガン剤の副作用が強く出るようになりました
そんな状態でも
父は 辛いとか 痛いとか いっさい弱音を吐かず
いつでも「大丈夫だから」と言って
心配されるのを嫌がりました
最後は
私たちが病院に着いた時には
意識がない状態でしたが
手を握り
話しかけた時
父の左目から 涙がこぼれたので
ちゃんと聞こえていたのではないかと思います
穏やかで 優しくて
そしてとても強い 人でした
たった2ヶ月だけど
孫を抱かせてあげることが出来て本当に良かった
この1ヶ月は悲しい以外の記憶があまりありません
気がつけば 娘は3ヶ月になっていました
あまりにショックで
亡くなってからの1週間は
母乳の量が 明らかに少なくなってしまい
娘にも可哀想な思いをさせてしまいました
父の性格から 私たちがずっと悲しんでいることに
悲しませて申し訳ないと
心を痛めているような気がします。。
だから 私 頑張るわ

お父さん
あなたの娘に生まれて
私は本当に幸せだったよ
お父さんがしてくれたように
娘にたくさんの愛情を注いで
立派に育てるから 見守っていてね
本当にありがとう
