『エリザベート』は私が生まれて初めて観たミュージカルで、それまでは、「ふつうに喋ればいいのに何故わざとらしく歌にするんだ!?」という風潮に影響されていたような気がする。



が、昼間だけなら自由な時間が持てるようになった頃に初めて観て以来(だから相当長い間ってことになる(〃∇〃))、いろんなことを思いながら観てきた。




ストーリーは変わらなくても、芝居は1回1回違うし、観に行く自分の環境の変化によっても印象が1回1回違って見えるものなのがおもしろいところだ(´∀`)




前回観た3年前と比べたら私の環境がガラッと変わった。パートに出るようになったし、友達がうんと増えたし、だから、どんなふうに『エリザベート』が見えるかは自分でも楽しみだった。




いちばん大事なこと。

人はアタマじゃなくて”こころ”で動く生き物なんだ。




皇太后ゾフィーの言う「皇帝や皇后は自分を殺して帝国に尽くさなければなりません」「皇太子は強く賢くあらねばなりません」は正論だと思う。そのように実践してきた彼女を素晴らしいと思う。




でも、厳しさに耐えて背筋を伸ばして頑張っていくためには、「この辛さ・頑張りを理解してくれる人がいてくれる」という安心感が無くてはならないと痛感する。それがなくて、精神的に誰にも頼れない、気を張った状態でずっと過ごしていなきゃならなかったら、とても頑張れるものではない。どこかできっと破綻するにちがいない(そういう意味でもゾフィーは凄いと思うけど)。




結婚したときにその辛さを実感したはずのエリザベートが、息子(皇太子)ルドルフの状況に思いが至らないまま終わってしまったことが、ホントに残念でならなかった。自分の経験した嫌な思いは、ぜったい子どもには味わわせたくないと思わなかったの!?




エリザベートが”窮屈な”宮廷を避けて何年も何年も放浪の旅を続けていたのは、傷心を癒すためだったかもしれない。でも、そんな身分が想像もつかない私に言わせれば、「その費用はどこから出てきたの? 血税が使われてるんじゃないの?」で、夫の皇帝フランツが「帰っておいで」といつまでも待ち続けていることも逆効果になってしまってたんじゃないかと思った。追われると逃げたくなるってやつの延々バージョンみたいな感じで(`∀´)




○○のせいで☆☆ができない、という考え方に縛られると、自分がしんどくなるだけだと思うんだけどなぁ。エリザベートもそうだしフランツもそうだった。それってもったいないと思うなぁ。




今まで何度も観た『エリザベート』だけど、こんなふうに思ったのは初めてかも。いつまで元気でいられるかわからないんだから(笑)、「人生 ラクありゃ 苦もあるさ~」の精神で、小さなことで喜び、しょーもないことで笑っていられるほうが得だと思って暮らしていきたい。≧(´▽`)≦。




次に観るときにはどんな感想を抱くんだろうなぁ、というのも楽しみのひとつである(* ̄Oノ ̄*)




☆トート閣下の迫力には今回も魂を抜かれました(≧▽≦)  「最後のダンス」はやっぱり祐さんがサイコー♪♪♪