6日、無事に卒業式を迎えました。
あっという間の2年間。一番の思い出は、やはり頑張った卒論でしょうか。
表題
キリスト教伝来最初期の通訳に関する問題
― 言語的障壁による「山口の宗論」の不成立性 ―
教科書図書館というものを知り、国会図書館にも足を運び、九州や山口の図書館にリファレンスを出して資料を集め、何冊もの本を読みました。提出日ぎりぎりまでかかりましたが、無事に提出できたときは正直ほっとしました。
その努力もあって、卒論の成績は「秀」。とても嬉しかったです。
式は、バッハ作曲「主よ、人の望みの喜びよ」の前奏で始まりました。
司式による初めの言葉「父と子と聖霊のみ名によって」、会衆の「アーメン」に続き、ルーテル教会讃美歌371番「いつくしみふかき」を歌い、式は粛々と進んでいきます。
学長の説教、聖歌隊の奉唱、卒業証書・大学院学位記の授与、ハンドベル演奏、祝辞などがあり、最後に教会讃美歌307番「まぶねの中に」(カトリックでは讃美歌121番?)を合唱して結びとなりました。
讃美歌「まぶねの中に」は、歌いながら思わず胸が熱くなりました。
終了後は食堂でお別れ会があり、その後は三々五々解散となりました。
卒業してまず思ったことは、「終わったのか……」という、どこか寂しい気持ちでした。
なんだか心にぽっかり穴があいたようで、これから何をしようか……そんなことを、ぼんやりと考えています。
私は68歳で編入学しました。台湾留学の後、引き続き中国語を学ぶべきか、それとも以前から関心のあった心理学や宗教学を学ぶべきか。しばらく悩んだ末に、この大学を選びました。
果たして友達ができるだろうか、授業についていけるだろうか、そんな不安もありました。しかし振り返れば、二年間は本当にあっという間でした。
こうして卒業を迎えることができたのも、編入生の仲間や若い学友たちの温かい支えがあったからこそです。世代を越えて机を並べ、語り合い、ともに学んだ時間は、私にとって何よりもかけがえのないものでした。本当に感謝しています。
卒業を迎えた今、喜びというよりも、目標を成し遂げた後の安堵と、どこか静かな寂しさが胸に残っています。
それでも、この二年間に出会った人々や学びの記憶は、これからの人生の折々に、きっと私の背中をそっと押してくれることでしょう。
学びの道に終わりはありません。
この卒業もまた、人生の一つの区切りであると同時に、新しい歩みの始まりなのだと思っています。
振り返れば、人生はいつも、何かを終え、また何かを始めることの繰り返しでした。
この卒業もまた、その静かな一歩なのだろうと思っています。
学友の皆さん、卒業おめでとう。よく頑張りましたね。これからも頑張りましょう。
教職員の皆様、本当にお世話になりました。
心より感謝申し上げます。
学部生57名、修士12名、博士課程前期生2名、博士課程後期生1名、神学生なし、以上72名。2025年度卒業生勝手に代表 一郎
帽子の
被り方が変。
帽子のふさは、大学を卒業するまでは右側に、卒業すると左側に垂らすそうです。
