一撃と第一の正念場は?2012年BHS生誕12年記念セール情報7(20120608)

パワーストーン/天然石/ヒマラヤ水晶のBHSのセール特集コーナー(X)の中からX4433のガネーシュ産ヒマラヤ水晶。
●2012年BHS生誕12年記念セール情報7
2012年6/8(金)正午~6/10(日)23:59まで2012年BHS生誕12年記念セールを開催いたします。
割引率は40%オフ!
さて、セール開始まで3時間半となりました。
コラムもWebにまとめていますのでどうぞご覧になってください。
●三途の川の中点に立って死と向き合う(新コラム)
さえ、ここでまだコラムに書いていなかったことをいくつか補足してみたいと思います。
まずは2011年12月以来言ってきた、【第一の正念場】と【一撃】のお話です。
今回の【三途の川の中点に立って死と向き合う】というコンセプトのコラム、そして新プログラミングにも大いに関係の深いことですし、皆さんも気になっていることでしょう。
「あれはどうなっているんでしょう、私の場合」とか「○○が起こったんですけど、これは私にとっての一撃でしょうか?」とか「最近○○の気がするんですけれど、これは私の第一の正念場に関係あるんでしょうか?」というご質問を良く受けます。
それも当然だと思います。気になりますよね。そこでここでその事に関してお話をしておきましょう。
まず【一撃】に関してですが、2012年の4月の初めまでに皆さん既に体験しています。4月に入ってからの人が殆どでしたが、体験しています。
【第一の正念場】に関して言うと、今もまだ継続的に、もっと正確に言えば2012年中ずっと【第一の正念場】を経験中と言えます。
「え?私の場合は何が【一撃】で何が【第一の正念場】なんですか?」という質問が出てくることと思います。
その答えは『今はまだ分からない』というのが正確なところです。
スティーブ・ジョブズも生前に言っていました。『未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない』。
「予め点と点を繋いでおくことは出来ない。後でああ、これがここに繋がってこうなったのかと分かるだけ」という意味です。
今の段階で【一撃】が何で、何が【第一の正念場】なのかを色々と憶測する、推測しても、まず間違う。それは違う。それは分からないということです。
少なくとも来年になって2012年を振り返った時に、「ああ、私はあの時こういうことを経験して、○○を選択したから今こうなっているのか」と分かるだけでしょう。ことの渦中にある時にはそれが何なのかなど誰にも分からない。そういう意味です。
だから今あなたが【一撃】が何で、何が【第一の正念場】なのかを考えること、憶測、推測することはデメリットは生まれても少しもメリットはない。その事をしっかりと認識してください。
今のあなたに出来ることは必死で、ひたむきに、そして出来るだけ何も思わずに淡々とやるべきことをやるだけです。
やるべき事というのは今回の新コラムにあることです。明快です。簡単です。
【一撃】にしても、【第一の正念場】にしても、どうやって迎えてそれに対処するんだろう、みんな...と私自身は昨年末からどんどん憂鬱になってきていました。
その憂鬱さは皆さんの意識体を見ながら、それに対処することに対してどんどん腰が引けて行くのを見るにつけ、2月3月とどんどん加速して行きました。
2月の終わりから3月の初めころにgrassに私は何度も言ったものです。
「自分自身の事だけなら何とでもなる、何とかしするし、出来ると思うけれど、みんなを見ているとこの先どうなるんだろうと思って私の方が先に鬱になりそうだよ。それにしてもみんな大胆というか、危機感に乏しというか、よく平気でいられるなあと思って...」と。
それに対してgrassは
「まあそこはそんなにあなたが心配したり鬱になったりしなくても良いよ。私も色々対策は考えてMLに投稿したりしていくから。
4月の頭くらいまでには何とか原点を掴んでもらうためのアイコンなんかも出して行こうと思ってるからね。でもそれをやろうと思ったら逆算すると割とピッチを上げて投稿していかないと行けないんだよねえ...」
と言っていました。
そして2月から3月のMLでの投稿を見ながら、2011年6月から色々な話題で投げてくれていたMLのポストがある一点に向かって収束していきました。
それが原点化に関するものでした。
4月初めに私はgrassに言いました。
「良くあそこまで収束していってパズルのピースがピシッピシッとはまるように収まっていったよねえ。それに伴ってあの鬱になりそうだった気分がどこかに吹っ飛んでしまったよ」と。
grassは
「いろいろMLにポストしていって、ここで一つのまとまりをつけておかないといけないかなと思ったんだけど、私も4月になって少ししてから本当に気が楽になったよ。ああ、何とかここまで提示出来たかなと思って。あとはこれをこの後みんなが使ってくれる、実践してくれるだけかな。私は今やれることはやったから」
準備は整ったんです。整っているんです。
あとはあなたがやってくれるだけです。
石はそんなあなたを待っています。
今回のコラムの中で1番難しいと感じたのは親子関係のところの図とその解説ではないでしょうか。
人が肉体を持ってこの世に生まれてくる時に生じる必然的な捻れの数々。そしてその捻れが生む折り合いの悪さ。
その折り合いの悪さは人生のあらゆる分野における問題を生じることに繋がっている。
肉体上の両親との折り合い、本来的な親との折り合い、そしてあなた自身が今生で持つかもしれない、持っているかもしれない子供との折り合い。
このことを私が知るずっと以前...私が20歳の頃ですからもう今から30年も前のことになりますが、その頃から私は強く思ったものです。
「ああ、俺は子供を持つのは無理だなあ。だって俺みたいな子供が生まれてきたらきっと俺は耐えられないに違いないから。それにしても俺の両親はこんな俺を引き受けてくれるというオファーを快諾してくれて、なんて凄いんだろう。こりゃあ一生頭が上がらないわ...」と。
このことをつい最近grassに言ったら大爆笑されてしまいましたが、本当に本気でそう思っていたんです。そして今でもその思いは全く変わりません。(笑)
誤解のないように言っておきますが、私自身は本来的な親との折り合いも、そして肉体上の両親との折り合いも悪いことはないんです。捻れもゼロではないにしてもかなり少ない。でも、そんな私が思ったんです。
今から考えるとその頃からこうして人が肉体を持って生まれてくる時に生じる難しい問題、折り合いの悪さ、捻れに関して何かを感じ取っていたのかもしれません。
それが20歳の頃の話ですが、私が3~4歳の頃には盛んに死のことを考えていました。それは「肉体の死」に関することでした。
生まれてくる前の「彼岸(ひがん)」の記憶はそれほど明確にはその頃なかったのですが、今いるこの私が死んでしまったら今こうやって考えている意識はどうなってしまうんだろう...ともの凄く悩んでいたのを覚えています。
もちろん3~4歳の頃ですから「意識」という概念も言葉も知りませんでしたけれど、「今こうやって考えていることはどうなるんだろう。なくなるんだろうか。それはもの凄く恐いなあ。というか、嫌だなあ...」と延々と悩んでいた、考えていたんです。
なぜ急にそういうことを考えるようになったのかは良く思い出せないのですが、その少し前に曾祖父が亡くなっていくのを見て、お葬式から火葬場に行き、その後のここにいた人が居なくなるというエネルギーの喪失(本当は変化と移動)を経験をしたことが引きがねだったのではないかと思います。
多分1年くらいはちょこちょこ悩んでいたと思います。
当時は死んだら空の高いところに登っていくと単純に感じていましたので、どこに行くんだろうと見極めようと思っていました。
あの世(彼岸)の高さを突き止めようと思って、滑り台の一番下のところに寝転がって晴れた日の青空を見上げて、「あそこくらいが10m、その上のあそこくらいが20m...あのくらいが100m...」と目測していました。
「ああ、あそこは100mくらいかなあ、それとも150mくらいかなあ...わかんなくなっちゃった!やり直しだ!」と思い、また目測。またしてもすぐに分からなくなってしまう。そしてまたやり直し。延々と目測を繰り返しすぐに1時間くらい時間が経過していました。
その頃目測に成功した最高の高さが確か1kmくらいだったと思います。でも上空1kmくらいのところにはまだあの世(「彼岸(ひがん)」)はないんだなあ...と思っていたものです。
どうしたら高度の目測がもっと上手になるのか。どうしたら上空にある(と思っていた)あの世(「彼岸(ひがん)」)を見て、確かめることが出来るのか。
そんなことを繰り返していました。
そしてある時パッとひらめいたんです。
「ああ、死んでもこの今考えていること(意識)は消えないんだな。残るんだな。じゃあ安心だ。よし、これはもう解決!」と思ったんです。根拠はありません。でもそう100%確信出来たんです。
その頃もう少し突っ込んで色々考えてみたら良かったなあと今なら思いますが、当時は昆虫の生態に夢中になっていたのでそっちに走っていったんです。
それから45年以上を経て、20歳の頃からでも30年以上を経て、「ああ、あの頃に考えたり感じたり、経験してきたことって今ここに繋がっているんだなあ」ということを今更のように実感しています。ジョブズも言っていたことが腹の底から理解でき、腑に落ちて非常に感慨深い思いで一杯です。
そして今、また経験し、感じ、思い悩み、選択をし続けている事が未来において「ああ、そうだったんだ」と心の底からの喜びでそう思えるように今を必死に、ひたむきに、イコール淡々と、何も思わず、1番軽く思い、枠組みを決めず壊しつつ進んでいきたいと思い、日々行動していこうと思っています。
●玻璃後記
初めてのセール。
そんな新鮮な思いでやろうと思います。
今まで以上に。
実際に初めてのことも一杯あるセールなんです。ShopLapisの解説書いたり、赤マイのメトロノーム化に関するお知らせを赤マイBBSにずっとしたり、ご相談のリーディングしたり、【創造性の開発DVD】のマルチ化のためのもろもろ、そしてその他にも大きな問題の打ち合わせが頻繁に入っていたり。
2013年以降に2012年の今、何を経験し、感じ、選択したのかが分かる時が来るのが本当に楽しみです。