怒涛の一週間、

充実感はありましたが

身体的にいつ強制終了がきてもおかしくない状態

ついに昨日の運動会終了後

体が熱っぽく、横になったら動けなくなってしまった。

今日は、ちゃーさんのアマナレッスンアシスタントのお役目がありましたが、

昨日のうちにピンチヒッターが見つかり
(Aneesha姐さんありがとうございます!)

お休みさせていただくことにしました。




ひきつづき、起き上がれない体を持て余し

お布団でスマホを眺めていると

Kco松田佳子さんの記事がアップされて。






佳子さんの、

気持ちの移ろいとか内側の機微が

とても丁寧に書かれていて


私の母への気持ちとピタッと重なって

書かずにはいられなくなった。



〉母自身の、おそれと不安でしか
なかったんだ

母もそんなおそれや不安を、
癒せずに大人になったんだな、と

母の心配は、自分の体験してきた
ちゃんとしてないとダメ
鈍臭いといじめられる
わたしは弱者ではない
頑張らなきゃいけない

母もまた、その育ってきた時間の中で

こんなわたしでは、ダメなんだ
お母さんに、笑っていて欲しい、を

たくさん、着込んできた

それが、とてもよくわかる



私の母は

普段は、頭の回転がゆっくりで鈍くて

ほわわんとしていて

ともすると、そのゆるい雰囲気が人に癒しを与えて

好かれたりする場面も多いように思う。

子どもの頃から私は

何でも一人で決めて

両親には事後報告だったので

何かを決断する時に

母に相談するという頼り方をしたことはなかった。

なんなら、母が決断できない家のことも

私が決めてきたようなこともある。




ただ、私が厳しい局面に立たされた時

つい、母に必要以上にしゃべってしまい



「なにそれ、どういうことなん?」

「大丈夫なん?」

「そんなん子どもがかわいそうじゃが」



と、母のエネルギーが
ものすごい負のオーラを纏って
私に浴びせられるのを感じて

ああ、しまったぁぁ

ということを性懲りも無く何度も繰り返しているなぁと思う。




〉あなたが困るのが可哀想、
だから心配なの、ちゃんとして!と
そう、想いをかけられてきた、それは

愛と似た、ちがう伝わりかたをする

心配  って
信頼されていないというやるせなさを、残す

大丈夫  って
信頼されているという安心感を、残す

可哀想、心配!と
かたちを変えてしまっても
その根っこにあるおもいも、わかるんだ

安心して、笑っていられたら幸せだ

そう、あって欲しいと願う

ただの、愛だ



そう、それは紛れもなく愛なのだ。


それは、母の経験したことの中で作られてきた
「幸せ」の定義に基づいて発せられる。

自分が経験したことがないことは


わからないから怖い
           ↓
きっと不幸になるに違いない
          ↓
私が止めないとこの子が大変なことになる



と、私の足を引っ張るエネルギーがおぞましく

そんな母の想いが苦しくて

死ねばいいのにと思った。

親を捨てられたらどんなに楽かと思った。

一人っ子じゃなければ

絶対に縁を切るのにと思った。




急性期を過ぎ

少し落ち着きを取り戻し

どうしたもんかと思う日常の中で、

この間、母の後ろ姿を見ていて

なんとも言えず、涙が溢れそうになった。


その涙とともに滲み出てきた想いは





シアワセニナッテホシイ





もしかしたら、前世(過去世)では

私が母で、母が娘で、

私は母(そのときの娘)を幸せにできなかったのではないか

そのことを悔やんで、

それを、生を超えて、今またやっているのではないか

と思うことがある。



もう老齢の母に、

今から変われと言うのは酷かもしれない。

ほどほどに甘やかして

私が面倒をみれば、済む話なのかもしれない。

だけど、なんでか、どうしても、

私は、母に、自分の人生を歩んでほしい。

娘でもなく、孫でもなく、

自分自身の人生を。



私が母を見て涙したのは、

母に対する、私の中の尊厳を棄てたくなかったからではないか。



母がどんなに私の足を引っ張ろうとも

やっぱり母を意識に入れているのは、私だ。

どんなに物理的に距離が近くても

精神的距離を離すことはできるのではないか。



主婦である私は

自分だけの部屋がない我が家の中で

リビングに誰がいようと

イヤホンに音楽さえあれば

一人になれるという技を

最近体得した。



だから。



ここの部分は、まだ実験の段階でしかない。

ダメかもしれない。

ダメなら、また違うやり方に変えるだけ。

私ももう、無理はしない。



私がもっと自分に集中するほどに

母は視線を少し自分に向けるかもしれない。


もしくは、まったく変わらないかもしれないが

それは、私の幸せとは何ら関係はない。


母がどうあろうが、

私は私の人生で幸せに生きる。





親なら、一番に私の味方をしてほしかった、

心配ではなく

ただ、あなたは大丈夫と信じてるよと言ってほしかった、

小さい子どもの私を抱きしめながら

母の「愛」を受け取り

その無念を、今ここに、手放す。




「幸せ」には、もっともっと

無限の形があるんだよと、

私が生きながら示せたらいいな。





私の傍で生きるなら、

ひとつひとつ

あ、これでも大丈夫なのね、って、

大丈夫を積み重ねるような経験を

していってくれたらいいんだけど。

ま、しらん(笑)
(最後がーー)






どんな人生だって


自分で選べるよ