鬱病闘病記⑩


さて問題です。次のことをなんと言うか??

 病気の理解を深めるために主治医以外の意見を聞いて情報収集すること。

1.主治医の診断や方針に対する確認ができる 

2.治療の妥当性を確認できる

3.主治医の示す治療法以外の治療法が得られる可能性がある 

以上3点が効用として考えられる。


 答えは、セカンドオピニオン。なんかのテストで解答

したこともあり、もちろん言葉は知っていた。しかし、実際行使

するのは今回が初めて。

 理由は、横浜の病院で鬱病って診断されたけど

本当に私鬱病なのか?確かに本では該当するものも

いっぱいあったけど、ちょっとの問診でわかるものなの??

まずは、本当に鬱病かを確かめること。

 あと、これから通うとなると横浜は遠いから、近所の

病院を探すこと。

 そして、薬のことについて十分な説明と、こちらの不安を

理解してくれる信頼できる先生に出会いたいから。


 しかし、一体どこの病院にいけばいいのだ??

タウンページにもインターネットで検索すれば

病院はたくさん出てくる。でもその中のどれを選べばいいんだ?


 以前、仕事でどんな情報がほしいかという

アンケートをとったことがある。。 圧倒的に多かった意見は

「いい医者、病院の情報がほしいだった」。ほんとこれは切実な意見。


私なんか、病気たって命にかかわるわけではないけど、

重病ならば、セカンドオピニオンだって大変ですよね

信頼できる先生と医療に納得できるまで命を削って病院行脚。

前に、末期がんの患者についてのTV特集があって、

その患者さんは、地元の病院ではもう手の施しようがないと宣告された。

しかし、最近抗がん剤の専門医というのいがいて、抗がん剤というのは

副作用も大きい、効果と副作用のバランスが紙一重らしい、専門医は

いかに副作用を少なく効果を得るかのエキスパートなのだ。

その患者は抗がん剤の治療を受けて、副作用も最小限で、余命3ヶ月

というところを半年生きることができた。この3ヶ月が家族にとって

大きな意味があると言っていた。

医療に対する情報が命や人生を左右する、患者も無知ではならない。


 とりあえず、女の先生がいいなと思っていたので

タウンページにあった、ソフトでやさしい感じの広告の病院に

行くことにした。うーん やっぱり広告のイメージって大きい!




 鬱病闘病記⑨


 鬱病って聞くと、多くの人が心の病って思いますよね。

でも、心ってなに?一体どこにあるの?どこが悪いの?

 

 本を読んで初めてわかったこと。

それは鬱病とは、脳のトラブルであるということ。

つまりは、脳内の、感情調整をする神経伝達物質

セロトニンが不足することで起きるらしい。

このセロトニンが少なくなっちゃったから、やる気や感情が出ないのだ。


 で抗うつ剤てのは、このセロトニンを増やし、感情調整が

上手くいくようにする薬。

本には、脳のトラブルには薬物療法が不可欠で、副作用や依存症に

対する不安があると思うが、現在の薬は、副作用も少なく安全性

が高い、薬には頼りたくないという人も、早期から服用すれば

きちんとした効果が得られるので服用しましょうとあった。


 私は薬に関しては、多少対抗も迷いもあった。

でもちゃんと説明があって納得すれば薬を使おうとも思っていた。

でも母は大反対!薬を飲んだらダメになるって。

このことは想定内だった。昔、親戚のお兄ちゃんが多分精神的な

病気にかかっていた。当時は幼すぎて詳細はわからないのだが

で、母はその子が薬を飲んでダメになったと言っていた。

だから母の薬に対する抵抗は人一倍強い。

専門の本には薬って書いてあって、

でも一番身近で世話する母は薬断固反対!

決めるのも飲むのも私 どうする???


鬱病闘病記 ⑧


 早速、鬱病の本を読んでみた。

せっかっく病気になったんだ、とことん調べて

鬱病博士になってやる!!


読んだのは、「うつに陥っているあなたへ」講談社

 鬱病とは何か?どんな症状で、原因や治療法

周囲の対応、再発防止などいろいろ書いてあって

わかりやすかった。

誘発しやすい性格ってのがあって、

几帳面で、まじめで、責任感が

強く、一生懸命仕事に励んでしまう人ほど

かかりやすいって書いてあった。

残念ながら 几帳面ってのは、あてはまらないけど

他は結構当たってるかも。

全か無か思考ってのも鬱病誘発条件。

ちょっと笑えた。だって、私の口ぐせ

物事YESかNOでしょ、恋愛なんて0か100、好きか嫌いか

しかないってよく周囲に言っていた。どんぴしゃじゃん。

あるあるあるある(クイズ100人に聞きました風)ってことばかり。

あたしのための本!だ。


 でもこの本すごい役に立ったと思う。

鬱病って聞くと、みんなどう思うかしら?

きっと気を使うよね。がんばってねは禁句なんだとか。

あたし自身、以前同僚が鬱病になって、正直どう接して

いいのかわからなかった。変にやさしいのも変だし・・・。

それに鬱病って、外見からはわかりにくい。ぱっと見は普通の人なんだよね。


 そんな鬱病と家族(特に母親)はしばらく生活していかなきゃなんだ。

申し訳ないけど、病気について一緒に理解してもらわなきゃ。

多分、気の持ちよう!前向きにって人はいうかもしれない。

でもね、何度もね、気持ちを切り替えてって、前向きにって

何度もね、何度もねチャレンジしたんだ。でもできないんだ。

気がどうとかじゃなくて、それが鬱病=病気なんだということ。

 だから、本に自分の該当する症状や家族にわかってもらいたい

部分に蛍光ペンで印をつけて、読んでもらうことにした。

これは自分でも得策だったと思う。

 




  鬱病闘病記⑦


 先日、沖縄で男子中学生がインフルエンザの薬

タミフルを服用後、マンションから飛び降りたという事件があった。

薬との因果関係の結果はわからないけれど

以前から、幻覚症状などのタミフルの副作用は問題になっていた。

薬というものは、救いであるが、時として牙むく毒薬ともなりうる。

しかし、一番怖いのは、薬に関して無知であること。



 ここにある1枚の処方箋。

トリプタノール錠

ソラナックス

デパス錠

デジレル錠           各7日分


 これは横浜の病院で処方された

鬱病の治療薬です。今、手元にあると

いうことは、換えられなかった処方箋。

なぜなら薬を使うことに迷いがあった。


 この薬が鬱病の治療薬あること

副作用があることは先生から説明を受けたので

わかった。でも、病院に行くのもやっとになってしまう

薬ってどんな薬?? 私の体はどうなっちゃうの?

先生は、「休養とこの薬飲めば治ります」。って

一言でいうけど、これといって病気もしたことないし

薬といったら風邪薬や頭痛薬しか飲んだことのない人間にとっては

重大な問題だよ。自分の体に異物を入れるんだよ。

そんなわけのわからないもの飲み込めないよ。

どこに効くの、精神?脳?心???

ちゃんと、どんな代物でどんな風に作用するか納得しなきゃ。

そして本当に、薬を飲まなきゃダメなの?

 

 とりあえず自分で、病気のことを知らなきゃと本屋へ行った。

鬱病に関する本を2冊買った。1冊じゃ心配だから、2冊買って

読み比べないとね。あと「飲んではいけない薬」という本を

立ち読んだ。すると鬱病のところにSSRIという薬が危ない

と書いてあった。1999年に認可された新しい抗うつ剤で

副作用が少なく安全性が高いとして

今では結構処方されているそうだ。

しかし、恐ろしい副作用がでることもあって、幻覚症状や衝動的自殺する場合

があると書いてあった。その商品名は「パキシル」。

特に、未成年にその症例が多く、確か外国では、未成年に対しては

禁止しているとか。

 どうやら私のは、パキシルでもないし、SSRIでもなかった。


 

 



 鬱病闘病記⑤


 次の日、会社の上司に事情を

話し、診断書を渡しました。

私は、引継ぎや今やっている仕事を片付けるためあと3日

くらい働いてお休みを頂くつもりだったのですが、

そんなことより休む方が大事と、結局次の日から1カ月お休みを

頂くことになりました。月9ドラマもびっくりのジェットコースター的展開。

家族への告知は? 収入は? 明日からどうする????


 最後に?いつものランチ仲間がランチしてくれました。嬉しかったな(´∀`)


まず第一関門は家族への告知。上司にも、同僚にも言えたけど

最後まで家族には言えなかった。でも明日から会社には行かないわけだし

とうとう言わなければならない。

やっぱり悲しいよね、自分の子どもが鬱病だなんて、それに申し訳ない

でも、もし自分が親の立場で言ってもらえなかったらもっと悲しいとも思う

だから、言わないなら墓場まで持っていかなきゃいけない。

しかし、後者はできそうもないから言わなきゃ・・・・。


 幸せなことにうちの家族は、すごい楽しい。まるでドリフ。特にうちの母なんて

そこらの芸人より笑かしてくれる。あくまで家庭内で通用する笑いだと思うが。

だから、私にとって家はオアシスだった。愚痴とか仕事のこととかこの笑いの楽園には

絶対不可侵なのだ。この笑いの楽園に1点の暗い影も落としたくなかった。

だからずっと言えなかった。だから家族は私が鬱病なんて夢にも思わないだろう。

でも明日は、母親の誕生日。誕生日が悲しい日にならないように

日付けが変わる前に言おう。


 その夜、鬱病であること明日から会社を休むことをできるだけ淡々を話した。

母も淡々と受け入れてくれた。言うか言わぬか葛藤のわりには、現実は実にあっさり

進んだ。母は強し、だてに子ども3人産んで育ててはいない、私の想像以上に母親というものの

懐が深い。恐れいりました。他の家族には母から伝えてもらった。第一関門クリア!


 鬱病闘病記⑤


 話は、勝手に③の続きに戻ります。

前回までのあらすじは、病院に行って、鬱病と診断され

1カ月会社を休まなければならないという診断書をもらいました。


 先生の説明によると、今の私は

エネルギーがすっからかんの状態。このエネルギーっていうのは

やる気とか行動力とか意欲とかってことで、普段生きていれば

疲れたり落ち込んだりで減ったりするし、でもまたいろんなきっかけで充電されるもの。

でも、このエネルギーがすっからかんまでいっちゃうと、ちょっと

の充電ではすぐなくなってしまう。

ありゃ、時間が経ってるせいかな、上手く説明できていないな。

例えば、携帯電話だったら、今の私はすっごい使い古したヤツ、

あれって充電してもすぐ充電切れちゃうでしょ。

さらにもう一つ、普通の人は、ちゃんとしたコンセント

からの充電器だとすれば、私はコンビ二とかで売っている携帯用の充電器?

あれだと、一時しのぎはできてもすぐ充電きれちゃうでしょ。そんな感じ、

伝わるかしら? 一度コンセントで充電=強制的に休養して満タンに

しないとダメだそうです。


 診察は、びっくりするぐらい簡単な質問だけでした。

病院に行く前は、あれやこれ

や聞かれたり、カウンセリング的な

こともあるのかなと思っていたのですが、

今の状態でのカウンセリングは禁物だそう。

カウンセリングってとってもエネルギーを消耗するらしいからだそう。


 必要なのはとにかく休養、何もしないこと。

家族や、病気を知らない人は、気分転換に出かけようとか

旅行にいこうというのも、この時期はよくないらしい。


 鬱病の治療に必要なのは休養・・・そして薬。

抗うつ剤ほか3種類の薬を1週間分処方されました。

初めは喉の渇きや、眠気などの副作用があって

来週病院にくるのもやっとになるかもしれませんと言われました。


 診断書と処方箋が入ったかばんを持って、

いろいろいろいろぐるぐるぐるぐる考えながら

会社帰りの人でいっぱいの電車の乗って

普通の人にまじって帰りました。 

今日病院に行ったことも一連のことも家族は知らない。






 

 鬱病闘病記 ④


 ありゃりゃ・・・あの日からあっという間に1カ月

私のブログは3日坊主どころか1日坊主こりゃ病気のせい

じゃなくて、性格ですね・・・・(ノ_-。)

しかも パソコン触るの久々すぎて上手く打てないわ。


 思い出しながらダイジェスト版で書かなきゃ。


 あれから1カ月・・・診断書も1カ月だし

私の想定内ではもう元気ハツラツ!の予定だったのですが

そうは問屋がおろしてくないものです。

鬱病って、ちょっと休めばすぐ治るさ~なんて甘く見ていたけど、なかなかやっかい。

今もあいかわらず療養中です、でも少しずつ良くなっていますが。


 昨日すっごく悲しいことがありました。

毎年8月に、ザビーチという大きなビーチスポーツイベントがあります。

私の大好きなビーチバレーと、ビーチサッカー、ビーチ綱引きにビーチフラッグ

の4種目を男女8人のチームで戦います。

 ハードなのですが、1度に4種目できるなんてスポーツ好きには、はっちゃけ放題!

ワンダフルに楽しいイベントなのです。

しかも、大手企業のスポンサーがついて、招待チームには、ラモスやヨーコゼッターランド

など、その競技の有名人がきて、くじ運がよければ、一緒にプレイできるのです。

なんて素晴らしい!

 その大会には、過去2回参加したことがあり

今年も以前ビーチで友達になった子から誘ってもらったのです。

時は6月、もう鬱病で休んでる時だったのですが、そのメールがすごい嬉しくて。


 本当はこの時断らなければならなかったのでしょう。

でも、誘ってもらったことがすっごいっごい嬉しくて、

時間はたっぷりあるし、これを目標にトレーニングしていけば

以前の自分に戻れるかもしれない! この大会に前のように出場できたら

病気を克服できるんだ!と思ってOKしました。


 でも、6月が過ぎて、7月が来て、大会まで1カ月をきっても

練習ができない。前は、灼熱のビーチを駆け回っていたのに

調子がいい時はジョギングくらい、悪ければ買い物さえ疲れてしまう

やりたいという気持ちがあるのに、できない・・・

以前できていたことができない・・・ 


 そこで昨日、遂に断りの電話をしました。もう登録後で

もう1人探さなきゃいけなくなっちゃうし、友達には迷惑かけちゃいました。

事情正直に話して、謝まりました。


 電話を切ってから、わんわん泣きました。悲しかった。

目標だったのに、これができれば、前の自分戻れるって。

やりたいという気持ちがあるのにできない

以前できたことができない・・・。

 

 

 


 




 



 鬱病闘病記③


 事件が勃発して、翌日有給休暇をとって

金曜は普通に仕事をした。

週末は大学時代の友達と遊んだ。いっぱい笑って

ここ数日自分に身に起こってることがうそのよう。


 そして月曜日ついに病院へ。

この一連のことを会社の仲間の信頼できる人たちに

相談した。励ましてくれて、「病院にいくことない」

一緒に解決しようと言ってくれて心から嬉しかった。

それに、私が尊敬している人が、「悩みや不安は誰もにある」

と自分が抱えている問題を話してくれた。すごいパワーあふれる素敵な女性

だけにその話は壮絶だった。その苦悩に比べれば私のことは粉塵に過ぎない。

よく神様は、その人は耐えられるだけの試練を与えてくれるというけど

それは本当だと思う。もし、自分にこの人の試練がふりかかってきたら

死んでしまうと思った。このスーパーウーマンだからこそ乗り越え

られるのであろう。そんな重い荷物を背負いながら、一緒に解決して

くれるというこの人はなんて偉大なんだろう。


けれど、私は病院に行くことを選んだ。なぜならだいぶ前から自分は鬱ではないか

という疑念があってその決着をつけたかった。


 半休をとって、いざ病院へ。横浜にある精神・心療内科専門の病院で

院長先生も女性。プチお城のようなお家のようなたたづまい。中には

結構人がいた。ほとんど女性、一見はみな普通に見えるけどそれぞれ

目に見えぬ病を抱えているのだろう、今や私もその一人。


 待ち時間の間、雑誌をペラペラめくるも内容なんて頭に入るわけがない。

「私どうなっちゃうんだろう・・・」

 予定の時間を30分ほど過ぎて名前が呼ばれた。

中には、髪の長いきりりとした印象の先生がいた。

「どうされましたか」という問いに


 昨年の秋くらいからの慢性的な倦怠感

 何をしてもおもしろくない、「どうでもいい」と思う

 休日もとにかく寝ていることが多い

 仕事は毎日12時間、部署に社員が一人であること

 毎朝 起きると 心から「疲れた」という声が聞こえる

 すぐ涙が出てしまう


 などなどを話した。いつの間にかまた泣いていた

すると先生は、「鬱病ですね」「辛かったでしょう」と言った。

「すぐ、1カ月の休養が必要、診断書出しますから」という言葉に

私は

「無理です、休めません」「だって私社員一人だし、仕事いっぱいあるし」

「私がいなかったら回らない」「仕事がなくなったら私どうなっちゃうのだろう・・・」


先生は「あなたは何のために仕事しているの!会社のため?」と怒った。

私、何のために仕事しているんだろう・・・?


 ずっと会社に不満があって、いつでも辞めてやるって思っていたのに

いつの間にか必至にしがみついていた。昔、冗談で同僚と「私たちマグロ

だから、泳いでないと死んでしまうんだ」なんて激務を笑っていたけど

いつのまにか本当に、働いていないと死んじゃう、止まったら死んじゃうと思っていた。 

私、何のために働いていたんだろう・・・?


 診断書を出してもらうことにした。












 鬱病闘病記②


 25日(木)事件勃発の翌日。有給休暇を取った。

けれど、現在多くの部分の仕事を任されていて

休むには引き継ぐことが盛りだくさん。

昨日は、いろいろとありすぎてろくに引き継げなかったので

早朝出勤して引き継ぎを残す。休みなのに休めない私。

一通り片付けて、みんなが出社する前になんとか脱出。


 午後10時。家族にはまだ話していないので、なんとか

時間をつぶさなければ。久々の平日の休み

普通なら、これからの自由な時間に心躍るだろう。

けれど私は、何となく雲がかっていて、心が晴れない。

昨日から自分に起こっていることが整理できない。

とりあえず、てっとりばやく時間をつぶすため映画館で

「ダビンチコード」を観る。

脳みそが疲れきっていたのか、字幕についていけない

物語りも半分くらいしか理解できなかった気がする。


映画を観てもまだ13時。でも何もする気持ちも起こらない。

白昼仕事もしていない自分、とてつもない不安にかられる。

降り注ぐ太陽がまぶしすぎて、顔もあげられない。

自分は到底、ニートすらなれないと思った。


 仕方なく家に帰る。家族には「体調が悪いから半休」と言った。

とりあえず何も考えなくてすむよう眠った。


 




 鬱病闘病記①。


 発端は、忘れもしない5月24日(水)。

この日は月1回の会議で、憂鬱な日なのだ。

しかも前日も、午後19時以降、仕事の集中力が

プッツン切れて、それどころか誰とも触れ合いたくなくて

どうにか誰ともしゃべらずに会社を脱出しようとしていた。

その日は、同僚の誕生日で、アットホームなわが社は

ケーキでプチパーチーをやるのが恒例。

以前なら、「お祝いはみんなでやらなきゃ!」と率先して

ケーキにがっついていたのに、今日は心からノーサンキューでした。

時々、気分が落ちる日はあっても大体次の日には回復していたのに

この日は前日の気分を何となくひきずっていた。


 そして運命のこの日。朝からミスを連発する。

専務に会議の時間変更を伝え忘れる、他人の会議用のファイルを

自分のだと思ってずっと持ってしまっていた

これらはミスといっても、さほど重大ではない、特に2つ目は以前なら笑ってすりぬけ

られたことだ。だけれど今日は「こんなミスして、なんて自分はダメな人間なんだ、恥ずかしい」

という思いがこみ上げて、涙が出てきた。どんどん涙が出てきて止まらなかった。

周囲は何で泣いているのか????。私だって「こんなんで泣いていたらおかしいよ」

って思えば思うほど、せきをきって涙が出てきて、嗚咽していた。パニック状態。

トイレに立てこもる私。しばらくして、社長と専務が来て「なんで泣いているの?」って

私だって何で泣いているのか、この状態がわからない。とりあえす、こんな状態での

会議は無理で、欠席し、会社にも居づらくて、コンビ二などをプラプラしていた

とにかくぐちゃぐちゃになった顔を落ち着ける必要があった。

なんとか1時間くらいで戻り、社長と専務に謝りに行った。事情を説明しようにも

どうしてこんなことになってしまったのか自分で理解できない。

ただ、ここ半年くらいある仕事への不安、不満、激務であることなど

とにかく理由を説明しようとすると涙がポロポロ出てくる。

そして出た言葉が「病院に行かせて下さい」。自分でもなぜあの言葉を発したのか。

ただ、今まで慢性的な鬱状態や不安定な状態があったけれど、自分でセーブ

できていて、泣くのも車の中や一応場をわきまえていた。

でももうそのたががはずれてしまった。自分は「おかしい」と確信、「自分は鬱」

だから「病院にいかせてください」。


 とはいえ、病院行くにもどこの何科に行くのかわからない。

成り行きで、社長の紹介してくれた病院に行くことになった。