心が重くなる感じです。
悲しいというより、無念という気持ちが強いです。
ご本人のこれまでの偉業への敬意や、どうか安らかに、という気持ちはもちろんですが、残されたご家族へどうしても想いを馳せてしまいます。
そして、長年、応援してきたファンの方々のこと。
訃報を目にし、一番最初にしたことは、「西城秀樹ファンブログ」という検索でした。
辿り着いたページには、同窓会コンサートを観劇され、ヒデキのお誕生日のお祝いを仲間で心を込めて…。
「目線がもらえた」と、小さなことでも喜ぶ姿がリアルに目に浮かび、
目頭が熱くなり、心臓がギューッとなりましたね。
その後、もう一度ブログを見に行くと、亡くなられたことについて触れられていました。
と言っても、
「何も考えられない」と。
たくさんお気に入りの画像はあると思いますが、一生懸命選ばれたであろう、それが悲しく載っていました。
「そんなもん、選びたくないわな。」
言葉に表せない辛さを感じました。
数年前から徐々に感じていることですが、自分自身も40代に入り、
「随分と長い月日が流れたな」と最近、強く感じます。
良いように言えば、「円熟味」なのでしょうが、正直に言えば「リミットを意識せねば」という恐怖感込みの気持ちです。
確かにまだまだ若いのですが、そんなに大きく構えていられないなぁ、という自身のこと。
演者に対しては、観る価値というのは、人それぞれだと思いますが、「早く行っとかないと私が求めていた姿は無いかも」という気持ち。
今年は自分自身の箍をあえて外し、急いで行動に移すことを心がけていますが、改めて、正解だったなと痛感しております。
「観たかったのに、観られなかった」は、あまりに悲しすぎる。
子供っぽいとは思いますが、応援して来た方との別れは、できれば死ではない方が助かるな、と強く思ってしまいます。
「ギリギリのところは見せたくないから」とか、「芸能人ではない生活を楽しみたい」とか。
色々な形の別れが必ず来ますが、ちょっとクッションが無いと辛すぎる。
70年代アイドルを応援している方々はもちろんですが、80年代アイドルを応援するファンもこれから始まるツアー等で、
「お願いだから、身体大事にしてね」視線を強く送ってしまうんだろうなぁ。
まぁ、向こうも思ってるんですよね、我々に。
トシちゃんもゆるい気遣いがありますけど、聖子ちゃんなんか、直球でハッキリ言いますもんね。
「皆様、どうかお身体大事になさって下さいね」って。
私としては、
「すいません、一応、永遠のアイドルを観に来ているので、そういうリアルな気遣いはやめてもらえますか…。」と、去年は思いましたが、今年からは、真摯に受け止めたいと思います。
トシちゃんを観に行った方が良いとかいうレベルの話ではなく、もしも、何か迷われているならば、少し無理すれば行動できるならば、それは迷わずされた方が良い。
やっちまっても、反省は後でいくらでもできますから。
と、自分に言い聞かせつつ。
それではみなさまごきげんよう。
☆彡