こんにちは!

mantari庵Studio. 講師のカワチです♪

 

 

今日はちょっと私事なお話も交わりますが。。。「声」のレッスンをする上で伝えたい精神というか

ポリシーっていうんですかね? があって、それをお話ししたいなと思います。

 

 

・・・・・・

 

私は元々右眼がありません。

 

生後7ヶ月の赤ちゃんの時に病気になってしまって、

 

左眼や脳に転移する前に眼球ごと摘出しちゃったんですよね。 

 

だから私は人生の中で一回も両目で景色を見たことがありません。

 

困ったこととしては、子供の頃の徒競走とか球技が怖くて(遠近感やバランス感覚が備わらなくて)、

 

自分も先生も原因が目だということに気付かず、特にケアがないまま怒られたりビリ扱いされたりって感じだったこと、

 

あとは3D映画が観られない(飛び出さない)とかその他もろもろですね。

 

でもそれはそれでよかったと思うんです。

 

大人になってから「あれって見え方のせいだったんだな〜」って

 

思うことがありますけど、特別扱いされるよりはみんなと同じ気持ちを味わえて同じ経験ができて

 

身につくものも多かったと思っています。

 

持ち前の好奇心旺盛で自由奔放な性格というのもあって、

 

本当にいろんな経験をして、やりたい仕事のためには何をするべきか、何に参加するべきかなど常に考えて 

 

いろんな経験を足していって自分の中に引き出しをいっぱい作れたんですよね。

 

 

そして今この講師の仕事と念願の劇版のサウンドデザイナーをしながら

 

目の病気と向き合っているという毎日なんですよね。

 

 

それで、「声」のレッスンに何が関係あるかというとですね、このレッスンを指導するにあたって

 

常バックにあるのは、

 

「使えるもんは(使えるんだから)使おうよ」っていうことなんです。

 

片目がなくてバランスが取れないとか ない側の目に映るべきものが映らない時にサポートしてくれるのは、

 

自分の耳だったり 口・声だったり、そのほかに臭覚とかほかにも名前をつけられない細かい感覚

 

いっぱい芽生えてくるんですよね。

 

アンテナという一言でも表現しづらいような不思議な感覚だか力が本当に不思議な事を起こしてくれます

 

わたしはそれを自分だけに起こる事とは思っていないんですよ。

 

 

みんな普通に両目があって両手両足があって生活している中でいちいち考えないだけで、

 

実はみなさん持っている感覚なんだと私は思っていて、

 

たまたま病気でこういう体になったからこそ気づきやすくて、

 

気づいたからその感覚が使えているだけってことなんだと思うんですよね。

 

 

体の中で何かひとつ欠けたとしても、他がある。 これが私の精神です。 

 

シンプルなんですけど、欠けたものに心がフォーカスしちゃって忘れちゃう方が多いと思うんですよ。。

 

私は常に 「耳がある」「口がある」「声がある」って口にはいちいち出さないですけど、

 

そういう感覚で生きてきました。っていうか今もそうしています。 

 

元バイク乗りで大型バイクも乗り回してたんですが、

 

高速道路も含め公道を走る時は音が頼りで、右側のミラーが見られないので、耳と感覚で乗っていたんですよね。

 

だからいまだに、便利なことに後ろを走る車がトラックなのかバスなのかとか、

 

どれくらいの距離を走ってきているとか音でわかるんです。

 

 

私はこの芽生えてくる感覚を大事にしたいし みなさんにも大事にして欲しいと思っていて、

 

みなさんにも必ず5感以外の感覚はあるはずなので、それに気づいて大いに利用してほしいと思っているんですよ。

 

それがmantari庵Studioのレッスンの芯にあたるもので、一番伝えたいことなんですね。

 

それを軸に「声」にフォーカスしてレッスンを行なっています。

 

じゃあ なぜ「声」だったのか。。。 それはまた 今度 お話したいと思います♪

 

 

 

 

 読んでくれてありがとうございます。

 

 

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"本番に使える声"を作るレッスン