本題のblog、現状が追い越すのでまもなく書けると思います。暫し、お待ちください。


blogの中で心労があったのでは、というコメントを頂き、その当時の感情を思い出しました。裁判の心労について書きたいと思います。


その前に、僕自身どういう人間なのか自分で客観的(自分で自己評価)評価したいと思います。

行動力
↑半端ないですね。できる限り自分で何でやり遂げようとします。人が出来るということは、自分でもやる気になれば出来るということです。

心の強さ
↑現在の会社での事ですが、はじめの部署(海外営業部)の部長が相当曲者でして、その部長にある意味鍛えられました。毎日、会社行くのが辛いと思うこともありましたがその3年は僕にとってある意味いい人生経験になったと思います。問題発生時に自分で、どのように解決すればいいのか。これは家庭生活においても全く同じで、自分でその状況から打開するための手段、対策を考えることになりますので、仕事を通して何事にも強靭になりました。なので僕自身が精神的に“うつ病”等になるような人間ではないです。つまり、精神的にも打たれ強くなりすぎたんだと思います。ついでに常に冷静かもしれません。

交渉力
↑仕事を通して、色々なパターンを瞬時に描いて自分の方向性にあうように物事を運べる方かもしれません。

めりはり
↑どっちかというと白黒ハッキリしている方です。

感情
↑これは人間なので行ったり来たりすることはあります。冷淡な人間ではないと思います。


麦はこんな感じの人間です。


僕がお嫁と別れた後、一度だけ、いてもたってもいられなかった期間がありました。それは養育費で汚嫁とともめた後、汚嫁がメールで「弁護士にお願いしたので以降、そちらで...」とメールが来時のことです。


ナゼ?って?


相手の弁護士が何を言ってくるかわからなかったからです。養育費だけの争いならどっしり構えられました。

僕の懸念はただ一つ...




子供の親権者変更の争い



これだけ気がかりだったんですね。もちろん汚嫁との協議の上で、

お金の問題
汚嫁は契約社員で、実家も貧乏なので、汚嫁側に子供が行ってしまったら汚嫁が育った環境と同じく貧しい生活を送ることになる。

住居の問題
汚嫁の実家に戻っても住める状況ではない事。荷物で溢れかえっているので。汚嫁自身も住める状況じゃないことを語っていた。

子供への愛情
これは当然汚嫁としてもあったとは思います。ただね、僕が出張の時には子供を義理の父母に任せて男とお花畑を毎回楽しんでいた汚嫁には任せられなかったこと。


僕が親権者でいいと汚嫁も納得せざるを得なく決めた事なのですが、その後に、
もしかしたら子供の親権者変更裁判をされるのかもしれない、と、考えたらいてもたってもいられなくて、このときだけは相手のペテンシからのご連絡を受けとるその日まで、本村先生をはじめ他の弁護士の先生に「親権者変更」を求められた場合の対策を徹底的に調べ上げていました。

基本的には協議で決まったことを覆す事は出来ないが、100%安泰ではないし、その数%の可能性としてありえるかもしれないということで、オロオロヽ(д`ヽ)してましたよ。本当に。
この当時の僕の弱点(急所)はそれだけでした。
裁判の中では、心労というよりは相手のペテンシが出す準備書面の嘘八百に毎回怒りを覚えていました(#゚Д゚)コイツ!!
その怒りは、逆に僕のモチベーションを高めたんだと感じてますね。だって、実態のない嘘を言われて、「じゃあ、麦調査からこういう事実が出てきたけど説明してくれる??」って言えたらカッコイじゃないですか!ペテンシの困る顔を見たいがために本気でやり通しました。もちろん本村先生とね。本村先生も僕がここまでやり手だったとは思わなかったようですが。
なので、結論としては

心労は0
ペテンシの嘘には怒り爆破
相手の反論書面出るまでワクワク(゚∀゚*)(*゚∀゚)

でした。

で、本当に

子供は絶対に手放したくなかったから。
お金はいくらかかったとしても。

だから、ペテンシからのご連絡に養育費問題の事しか書かれていなかったことで、ほっとしたというか、胸を撫でおろした訳です。


間もなく2年の養育実績もありますし、子供達の状況も安定していること

汚嫁は2年の中で一度しか面会を求めてこないこと


もはや、親権者変更は不可能です(^-^)v
↑本当に(゚Д゚≡゚Д゚)゙?

子供と一緒にいれるって、こんなに幸せなことはないんですよ(^3^)/本当に。

だからこそ、僕は子供に対して今まで以上に愛情を注いで、子供の成長を見続けて、他の家庭にひけをとらない幸せな家庭を築きます。

引き続き、裁判blogを応援お願いいたします。(ヘタレ編になります)