「おばぁの力」 | 「バックパッカーがH・Ⅰ・Sの役員になった奇跡」小さな会社の未来の創り方

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出来ない事はやらないことだとHIS創業者「澤田秀雄」氏から学んだ。ベンチャー魂と自ら経験した多くの失敗が成長の奇跡を創る。伝える事よりも伝わること!直ぐに実践したくなる、熱き魂に触れてください。

「おばぁ~の力」


 梅雨空の厚い雲の間を抜けると眼下に青い海が覗ける・・・ランデイングギアが滑走路に「ガツン!」と接地した瞬間に日本の中の異文化圏「琉球(沖縄)」に機は到着した。・・・僕は入り込んだ。

 タラップを降りると沖縄アロハ(かりゆしウェアー)を着た人々に迎えられる。

 ターミナルビルから外に出る。・・・

”ムッー”とした梅雨特有の湿度感に全身が包まれるが・・・いやな感じはしない。南国故の開放感だろうか・・・?

 重量オーバーで1、000円超過料金を取られたダイビング器材が詰まった31kgのプロテックスのハードケースをタクシー乗り場まで引っ張って行く。

 目の前に陽に焼けた丸顔のおばぁーが立塞がった。「どこ行くさ?」/「泊港北岸まで、。」・・・「さぁ、乗って」・・・31kgのハードバッグを軽々と持ち上げトランクに乗せる。・・・「凄い!・・・」

 冷房の良く効いた車内には三線の音楽が流れている。・・・

「どこに行くの?」/「慶良間の座間味村の阿嘉島」です。/「ダイビング?」/「はぁい」/「私たちはしないよ。」、「陽に焼けるのいやだしね、。」/「そうですか?」・・・

しばらく会話が途切れ、。・・・走る車の右側に食堂が見えた。・・・「あっ!あそこ安くて美味しいよ!!」、。「特に素麺ちゃんぷるが、。」/「そうですか?」/「うん、本当に安いしボリュームあるし、美味しい!!」/・・・「ソーメンて沖縄で作ってないのに名物ですよね。不思議だなぁ?」/「昔、那覇の若狭町は日本人町だったの。」、たくさんノ本土からの移民がいて、多くの食べ物も持ち込んで琉球の料理と融合したのよ」/「へぇーそうですか?」・・・知らなかった…1972年の沖縄本土復帰以前も以後も多くを語ることは僕の知識では出来ない。


恰幅の良いパナマ帽を被ったおばぁ、。泊港までの約20分間、楽しいひと時でした。

旅こそ我が人生!!


 大きな声で明るく元気に喋る”おばぁ”~は歴史(自分達に関係のない国
々の利権)  に翻弄されながらも逞しく生きてきたのだろう。

 独自の文化が継承される沖縄・・・イタリアの中のサンマリノ共和国やピレネー山中にアンドラ王国の様に、日本の中にも琉球という国があっても・・・?

 おばぁの力を感じる。何があっても明るく元気に生きてきた逞しいおばぁ達、。

良い時も悪い時も泡盛飲んで三線弾いてエイサー踊る。全ては未来の自分達の子孫の為に・・・