「程よい距離感」
人との付き合いは誰もが難しいと思っているのではないだろうか。プライベートでの付き合い、オフィシャル(仕事上)での付き合いと色々と気を使わないといけない部分が多々あると思う。その事がプレッシャーになることもあるだろう。
付き合いとは人間関係である。必用な事だけを伝え合う、行う関係であればそれほど難しい問題は生じないとは思うが、人間は感情の動物であり、好き嫌いがあり、
バイオリズムが一定することなく過ごしている。温厚な人でも虫の居所が悪い場合もあるのだ。 事を円滑に行う為には相手の気分を良い気持ちさせてあげることが必用である。少なくとも不愉快では上手くいかない。 付き合いが多ければ多いほど無理な事を頼まれたり、相手の機嫌をとらなければいけなかったりと苦労が多くなるものだ。ただ、その付き合いの多さが人々から信頼を得てプライベートもオフィシャルも上手くいく場合もあるのも事実である。 しかし、逆の事も生じてしまう。借金の相談がお金を貸す事になったり、恋愛の相談が破局に追い込んでしまったりと被害者になったり、加害者になったりする事になるのだ。
人との付き合いは自分に適した距離感が必用である。多くのサポートを望むのであればその分、親密な近い距離での付き合いが必要である。仕事でもプライベートでも、先ずは相性の良い人と付き合うべきである。嫌いな人とは上手くいかない。
そうすれば先ずは自分の事を理解してくれる割合が高くなるから自ずと”阿吽の呼吸”で自然体で付き合えるはずだ。それから外れるのは最終的にお互いにそれ以上の付き合いを望んでいなかったと思う。もちろん会う頻度もその距離感によって決まってくるものだ。 僕は付き合いとはお互いが一本の紐の両端を持っている状態を言うのだと思う。 その紐の長さや張りは付き合いの仕方によって変る。ピーンと張ってる状態はお互いが緊張しているものだし、ゆったりとダラーンとしている状態は信頼しているのか安心しているのか心を許しすぎているのかも知れないね。お互いが相手の事を気遣い紐の両端ではなく、長さを調節出切る状態の途中で持ち、紐の張りは緩みすぎず、弛み過ぎずの状態が心地よいかも知れないね。
でも、様々な利害が絡む事もあるだろうし、難しいとは思うけど、僕は好きな人たちと紐を持ちたいものだ。自分の距離感でね。 もちろん仕事に関しては相手を好きになる事から始めるようにしている。
昨日は自分が監査役を務めるITの会社の忘年会を、関る役員それぞれの会社のスタッフも含めて合同で行った。 彼らとはしっかりと紐を放さずに持っていたい。出来れば太くして生きたいと思う。本当に純粋に気持ちの良い人たちばかりである。
そんな付き合いは気持ちよいよね。また、時にはお互いに痛みを感じてしまうこともあるのも覚悟しなければならないと思う。それをサポートし合うのが付き合いの本質だと思う。