フレッツ光太郎の学び 幸福と不幸3.
フレッツ光太郎のメンターメッセージです。
今日も、倫理の丸山敏雄先生の言葉を引用しましょう。
丸山先生は、人間の生命と死について、次のように言っています。
この宇宙の大生命、これが、我らの生命の元である。
というのは、それが人間の生まれ出た根源というだけではない。
現に今この大生命と連絡、交通している。一如のすがたで生きている。
その証拠に生きている。
「イキ」をしている。イキは、イキ、キしていることである。
行っては又来ている。往復している。放射吸引、一刻もやむときがない。
人間が形を解くとき、本体にもどるから呼吸を止めるのである。
交通する必要がない。もう家にもどったのである。
こうした帰る現象を「シヌル」という。
「し」は「ヒ」であり、霊である。「ヌル」は「イヌル」であり、
もとにかえることである。
「しぬる」という言葉そのものが、よくこの理を示してくれる。
死というのは顕幽両界の境、切れ目をいうのであり、
「生まれる」ということは、つなぎめをいうので、
これは駅の改札口のようなもので、出入りの相違、
方向のちがいがあるだけで、同じことである。
同じであるから、同じ感情で、これに向うのがほんとうである。
生まれることが喜びであったら、
死ぬることが又同じく喜びでなければならぬ。
貯金が嬉しければ、借金も嬉しい。
幸福が楽しければ、不幸も楽しいのである。
フレッツ光太郎の学びでした!
今日も、倫理の丸山敏雄先生の言葉を引用しましょう。
丸山先生は、人間の生命と死について、次のように言っています。
この宇宙の大生命、これが、我らの生命の元である。
というのは、それが人間の生まれ出た根源というだけではない。
現に今この大生命と連絡、交通している。一如のすがたで生きている。
その証拠に生きている。
「イキ」をしている。イキは、イキ、キしていることである。
行っては又来ている。往復している。放射吸引、一刻もやむときがない。
人間が形を解くとき、本体にもどるから呼吸を止めるのである。
交通する必要がない。もう家にもどったのである。
こうした帰る現象を「シヌル」という。
「し」は「ヒ」であり、霊である。「ヌル」は「イヌル」であり、
もとにかえることである。
「しぬる」という言葉そのものが、よくこの理を示してくれる。
死というのは顕幽両界の境、切れ目をいうのであり、
「生まれる」ということは、つなぎめをいうので、
これは駅の改札口のようなもので、出入りの相違、
方向のちがいがあるだけで、同じことである。
同じであるから、同じ感情で、これに向うのがほんとうである。
生まれることが喜びであったら、
死ぬることが又同じく喜びでなければならぬ。
貯金が嬉しければ、借金も嬉しい。
幸福が楽しければ、不幸も楽しいのである。
フレッツ光太郎の学びでした!