本日は『良性早期再分極:benign early repolarisation(BER)』のお話です。
http://lifeinthefastlane.com/ecg-library/benign-early-repolarisation/
この良性早期再分極(BER)とは何でしょうか?
BERは50歳以下の若い方に多くみられる心電図変化ですね。70歳以上で認めることは稀です。
病態的にはよく分かっていないのですが『良性』という名前がついているように、『正常範囲内の変化』として起こると考えられており、背景に心疾患がある訳ではありません。
しかしながら広範囲にST上昇しているので『心(外)膜炎』や『心筋梗塞』との鑑別が問題になります。
無症状の時に偶然とった心電図では『多分大丈夫だろう』と判断できても、胸痛時にこの心電図変化をみたら迷ってしまうかもしれませんね。
そんな時でも『これはBERだ』としっかり自信をもって判断するにはどうしたらいいでしょうか?・・・BERを理解して、AMIや心膜炎との鑑別点を押さえておけばいいのです。
少し前置きが長くなりましたが、BERの特徴についてみていきましょう。
まずは心電図をご覧ください。
(クリックすると大きな画像でみることができます)
広範囲(V2-V6, Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,aVF)に下に凸(concave)ST上昇を認めますね。T波は尖っていて非対称性です。
そしてよく見ると、下壁誘導ではJ点に『ノッチ』を認めます。
J点は下図を参考にしてください。
(J点とはQRSとSTの接合部ですね。ST上昇の評価基準はJ点から2mm横で判定することになっています)
J波は『Brugada症候群』や『低体温症』で有名な所見でしたね。
結論を先にいうと、この心電図のST上昇はBERの特徴が揃っています。
ただし心電図だけでは診断はできないことを肝に銘じてください。historyがACSを疑わせるものであれば心電図変化はなくとも否定できません。(UAや非ST上昇型心筋梗塞,後壁梗塞などですね。http://ameblo.jp/bfgkh628/entry-11325676839.html )
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さらに大きな画像で詳しくみていきましょう。
上の図は下に凸のSTが上昇していると思いますが、STの立ち上がりが急なのでJ点がはっきりしません。
こうした変化は『high take off』といってV1~V3で起こりやすく同様に正常範囲内の所見として診ることができます。
BERに含めるとする意見もあれば、そうでないとする意見もあります。
下の図は落書きをしたのではありません。J点にノッチが見えますが、下に凸のST上昇はこの絵のように笑った顔になります(smiley face )。
ST上昇が上に凸(convex)の場合にはAMIを鑑別の第一に挙げるので、下に凸かどうかというのは重要なポイントです。
J点のノッチはいくつかのパターンがあります。
はっきりわかるのはV4誘導です。こうしたノッチはBERを支持する所見です
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以上をふまえた上で、BERの心電図上の特徴についてです。
① 広範囲に下に凸のST上昇を認める(特に前胸部誘導:V2-V5)。
② J点にノッチを認める
③ T波は非対称性で尖っている
④ (High take off)
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ちなみにST上昇の鑑別疾患にはどんなものがあるでしょうか?
・早期再分極 ・肥大型心筋症 ・異型狭心症 ・心膜炎 ・AMI ・OMI ・心筋挫傷 ・大動脈解離 ・LVH with strainのreciprocal change ・たこつぼ心筋症 ・Brugada症候群 ・SAH
・高K血症 ・肺塞栓 ・LABBB・・・などなどです。
negativeTの鑑別疾患は?→『SLIP』でしたね。
http://ameblo.jp/bfgkh628/entry-11325676839.html
たくさんありますね。。
さて、特に鑑別に挙がってくるのが同じ下に凸のST上昇を示す『心膜炎』をみてみましょう。
心筋梗塞でも心膜炎でも心筋の心外膜側に障害が及ぶとSTは上昇するのです。
いくつも鑑別するポイントはありますが、その中で役にたつポイントの一つはST部分とT波の部分の割合です。ST部分の高さとT波の高さを計算してST/T比が0.25以上は心外膜炎,0.25以下はBERとするものです。
STがT波に対して結構上昇しているのが心膜炎であまり上昇していないのがBERです。
BERはT波は高く尖るのでしたね。一方で心膜炎は普通のT波です。
他にも広範囲(V1,aVRを除く全誘導)で下に凸のST上昇が見られたり(BERは前胸部が典型的でしたね)、aVRを除く全誘導でPRが低下する(aVRはPR上昇する)のが心膜炎でみられます。
特に下壁誘導のPR低下は心膜炎に特異的と言われています。
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BERと心膜炎が合併することも当然ありますね。その場合は両者の所見が混在したパターンとなりますが、複雑になるので今回は割愛します。ただしそういった病態も頭に入れておく必要があります。
最後にBERについて最近の話題を一つ。
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa0907589#t=articleMethods
フィンランドの大規模コホートstudy(NEJM2009)によると下壁誘導で認めたBERは中高年においてその後30年間観察していると、BERを認めなかった群と比べて有意に心疾患による死亡率が高かったというものです。また別のstudy(NEJM2008)では特発性心室細動を起こした患者さんでは早期再分極の罹患率が高かったというものです。
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa071968#t=abstract
ここのブログで詳細に取り上げてくれています。
http://ameblo.jp/erikki-chann/entry-10391556060.html
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BERとBrugada症候群では遺伝子異常で重複する部分が見られ、この2つをまとめて新たな概念 として『J波症候群』というのも提唱されているようです。
しかしながらJ波症候群は一般人口にかなり多く見られるので、全ての方にICDを埋め込むことはもちろん現実的ではありません。
危険なJ波症候群を見分けるため、家族歴と遺伝的素因が注目されていますが、現在までに予後規定遺伝子までは分かっていません。
もっと勉強したい方には