アルコール関連の疾患でERに来院されるケースはとても多いですよね。本日はalcohol-related diseaseの中で有名な『ウェルニッケ症候群』についてです。
その前にアルコール関連疾患がどのくらいあるか下図をみてください。
Consequences of Alcohol Abuse or Dependence |
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System/category |
Early consequences |
Late consequences |
Liver disease | Elevated liver enzyme levels | Fatty liver, alcoholic hepatitis, cirrhosis |
Pancreatic disease | Acute pancreatitis, chronic pancreatitis | |
Cardiovascular disease | Hypertension | Cardiomyopathy, arrhythmias, stroke |
Gastrointestinal problems | Gastritis, gastroesophageal reflux disease, diarrhea, peptic ulcer disease | Esophageal varices, Mallory-Weiss tears |
Neurologic disorders | Headaches, blackouts, peripheral neuropathy | Alcohol withdrawal syndrome, seizures, Wernicke's encephalopathy, dementia, cerebral atrophy, peripheral neuropathy, cognitive deficits, impaired motor functioning |
Reproductive system disorders | Fetal alcohol effects, fetal alcohol syndrome | Sexual dysfunction, amenorrhea, anovulation, early menopause, spontaneous abortion |
Cancers | Neoplasm of the liver, neoplasm of the head and neck, neoplasm of the pancreas, neoplasm of the esophagus | |
Psychiatric comorbidities | Depression, anxiety | Affective disorders, anxiety disorders, antisocial personality |
Legal problems | Traffic violations, driving while intoxicated, public intoxication | Motor vehicle accidents, violent offenses, fires |
Employment problems | Tardiness, sick days, inability to concentrate, decreased competence | Accidents, injury, job loss, chronic unemployment |
Family problems | Family conflict, erratic child discipline, neglect of responsibilities, social isolation | Divorce, spouse abuse, child abuse or neglect, loss of child custody |
Effects on children | Overresponsibility, acting out, withdrawal, inability to concentrate, school problems, social isolation | Learning disorders, behavior problems, emotio |
中でも『意識障害』と関連してくるのは
Alchohol:急性アルコール中毒、アルコール離脱
Insulin:低血糖
Encephalopathy:アルコール性ケトアシドーシス、肝性脳症、ウェルニッケ-コルサコフ
Electrolyte:低血糖、低Na血症
Trauma:慢性硬膜下血腫
Infection:Sepsis
Shock:急性膵炎
これくらいでしょうか。
『Rosen's emergency medicine』ではアルコール関連疾患としての章がありますので参考にしてください。
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『ウェルニッケ脳症:Wernicke’s encephalopathy』の診断は臨床診断になります。古典的3徴として下記の3つが言われていました。
①眼球運動障害
②小脳失調
③意識障害または軽度の記憶障害
眼球運動障害は眼振、両側外直筋麻痺(寄り目の状態)、注視麻痺が多いです。
この古典的3徴すべて揃うのは実は16-38%しかありません。
死亡率も10-20%に達するとも言われていますので臨床的に疑ったら検体採取後に治療をしていかなければいけませんが、『これでは結構見逃してしまう!』ということで新しい基準が考えられています。
上記3つに栄養障害を加えて4つにしたのです。
実はビタミンB1低下は診断基準に入っていません。これは血中濃度の測定ができない地域もあることや、正常範囲内であっても有効利用できないような稀なケースもあるということからのようですが、測定が有用なことは言うに及びません。
診断基準の2つ以上を満たすもので他の疾患が除外されれば感度83%という報告があります。
栄養障害と意識障害があれば積極的に疑うことが大切です。
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そもそもWEの発症メカニズムってどのようなものなのでしょう?
遺伝的また環境的因子が病因になっていると考えられています。ウェルニッケーコルサコフ症候群(コルサコフ症候群は同疾患の慢性障害。この場合は2つの概念を含む)の患者さんの何人かはチアミン(ビタミンB1)依存性酵素であるトランスケトラーゼが欠損もしくは不活化していることが知られています。
このことはアルコール中毒患者さん全てがウェルニッケーコルサコフ症候群にならないことを説明できる可能性もあり、そうした酵素欠損のある人々は普段は無症状でもチアミン欠乏下になると初めて症状が出現するのです。(ここらへんの病態生理はよく説明できません)
確かに寝たきりの患者さんがすべてウェルニッケーコルサコフ症候群になるわけではないというのは理解できます。
チアミンは解糖系をはじめたとしたいくつかの回路の補酵素として糖代謝の重要な役割を担っています。チアミン欠乏が脳のエネルギー代謝に関与するのは理解できますが、何故低栄養だけでは脳障害はおこさないのでしょうか?このあたりも良くわかっていません。
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少し生化学のお話になります。
TCAサイクルを見てみるとあらゆるところでビタミンB1が使われています。
TCA回路が回転することでエネルギーが作られるのですが、この回転の過程でビタミンB1を必要とする箇所があり不足すると十分に回転できなくなってエネルギー生産が滞ってしまいます。
また炭水化物がエネルギーとして利用されるには、TCA回路の前段階として解糖系と言う代謝経路を通過します。
解糖系ではグルコースがピルビン酸まで変化し、さらにそれがアセチルCoAへと変化してTCA回路へと進むのですが、ビタミンB1はこのピルビン酸からアセチルCoAへの変化の過程にも必要なのです。
ビタミンB1が十分にあると、ピルビン酸はアセチルCoAになり、エネルギーの原料として使われ完全燃焼しますが、もしビタミンB1が不足するとまずアセチルCoAへの変化が滞ります。そうするとTCA回路へと進むことも出来ず、不完全燃焼になり、エネルギーの生産まで滞ってしまいます。
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ビタミン欠乏は慢性アルコール中毒患者さんだけでなく、長期嘔吐(重症妊娠悪阻など)、寝たきり患者や担癌患者の低栄養患者さんでも起こします。
若い女性のWernickeの症例
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMicm040862
健常人の一日のビタミンB1の必要量は糖質の代謝にもよりますが、1-2mgと言われています。体内の貯蔵している量が30-50mg程度しかないので、計算では摂取しなければ4-6週間で枯渇してしまうことになります。
また、低マグネシウムがないかどうかもチェックが必要です。マグネシウムは酵素系における共因子となるので血清マグネシウムも検査し足りなければ補う必要があります。
ちなみにMRIでは
中脳水道、第3脳室周囲、視床、乳頭体にT2 high T1 lowが特徴的であります。しかしながら感度は53%、特異度は93%で、チアミン投与後48時間で治療に反応してT2 highが消失するといわれています。
乳頭体の委縮が慢性ウェルニッケ症候群で特徴的と言われています。
治療はチアミン100㎎(ビタメジン1A)を1週間程度投与しますが(低血糖時にはブドウ糖と同時に。ブドウ糖単独ではチアミン欠乏が進行)、数時間から数日で眼球運動障害は改善し、数日から1週間で運動失調、意識障害は改善します。
ビタメジンはビタミンB1,6,12を含んでいます。
25%程度の患者さんは完全回復しますが、大多数は垂直性眼振、運動失調、コルサコフ症候群などを残すといわれています。
本日は以上です。