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デイリースポーツ 6月30日(月)18時22分配信
 6月上旬にア・リーグ中地区4位に低迷していたカンザスシティ・ロイヤルズが首位・タイガースを追い上げている青木宣親外野手が所属していることでも日本のファンにはおなじみだ

 6月27~29日(現地時間)のエンゼルス3連戦第1戦の三回、O・インファンテ二塁手(32)がエ軍先発、シューメイカー投手から自身初となる満塁本塁打を放つなど、打線爆発で快勝した

 ちなみに、エ軍のM・トラウト外野手(22)が489フィート(約149メートル)のア・リーグ最長記録となる特大18号ソロを放った

 この日、タイガースは延長十一回でアストロズに3‐4で敗れ、連勝は7で止まった

 第2戦はロ軍の先発、Y・ベンチュラ(23)が4回を7安打2失点後に雨天の影響で約4時間、試合が中断した

 その影響が災いしたのか救援左腕のB・チェン投手(37)が五回に4点を失った2‐6で敗れて1勝1敗となった

 第3戦は先発、J・ガスリー投手(34)が2本塁打を含む8安打4失点で、六回途中で降板した

 しかし、打線が四回、好調の1番L・ケイン外野手(28)、A・ゴードン外野手とD・バレンシア内野手の活躍で4‐3と逆転に成功した

 六回に同点とされたものの、九回裏、好調インファンテのロ軍にとって、今季初のウォークオフシングル(サヨナラ安打)を放ち5‐4の勝利2勝1敗と勝ち越した

 一方、首位タイガースはアストロズに敗れ、44勝34敗ロイヤルズは42勝39敗強力打線を擁するタ軍に3・5ゲーム差と大健闘している

 ロイヤルズは球団史上、2度のワールドシリーズ進出を果たしている

 初出場の1980年はフィリーズに3勝4敗で敗退2度目の1985年はカージナルスと対戦1、2戦目を落としたが、3戦目は先発したブレット・セイバーハーゲンの好投で勝利した

 3勝3敗で迎えた7戦目にもセイバーハーゲンが登板し、11‐0で大勝し、ロ軍初の世界一制覇を達成同投手がワールドシリーズMVPに輝いた

 私には彼との素晴らしい思い出がある初めてコーフマン・スタジアムを訪れた1991年8月26日の対ホワイトソックス戦先発登板したのがセイバハーゲン投手だった

 なんと幸運なことか、2与四球、5奪三振、無安打のノーヒットノーランを達成したのだ試合時間は2時間30分だった

 翌朝、地元紙のスポーツ面で大きく報道されたこの日の試合前、私は懇意にしているスチュアート・スカウト部長(現GM補佐)と新聞紙を持参してクラブハウスへ出向き、セイバーハーゲン投手から直筆サインを頂いた

 この年、サイ・ヤング賞を受賞ちなみに、『ノーヒットノーラン』、『ワールドシリーズMVP』受賞は殿堂入りのサンディ・コーファックスとボブ・ギブソンに次いで最後の3人目になる

 大リーグファンの皆さんならご存知でしょう1979年に西武ライオンズに在籍したトニー・ミューザー外野手のことを

 彼はレッドソックス、ホワイトソックス、オリオールズ、ブルワーズでプレー1990年代にカブスの打撃コーチを務めたその頃からの知己だ

 2001年米キャンプ地巡りの途中、ロ軍のキャンプ地、フロリダ州のディズニーワールドに近いベースボール・シティーのミューザー監督を訪ねた

 練習後、監督室でコーチ陣を交えて歓談したミューザー監督は西武時代、田淵幸一選手の招待で、「牛一頭分ぐらいの焼き肉をご馳走になった」と盛んに吹聴していたことを思い出すトニーはロ軍で199
 野田が股義足をつけることになったのは2008年の冬地元の大阪で30歳を迎え、仕事にもプライベートにも全力投球で充実の日々を送っていたある晩、帰宅途中に駅のホームから転落し、電車にひかれた九死に一生を得たものの、病院のベッドで目覚めたときには、急性くも膜下出血で開頭手術を受け、右脚の膝下は重傷を負い、左脚はすでに太腿の途中から切断されていたそのまま絶対安静がつづき、なかなか癒えない左脚の断端は後日、再手術によって股関節から切り落とされた

 事故から3カ月、股義足をつけてのリハビリが始まった脚があったときは骨盤の動きなど意識したことすらなかったから、感覚をつかむまでは大変だった平行棒の中を何十回、何百回とただひたすら往復し、体に覚えこませた人一倍の努力と持ち前の運動神経のおかげで、杖をつけば一人でもある程度の移動はできるようになった

 「股義足をもっと実践的に使いこなしたい」と思った野田は、義足専門のリハビリを行う東京の鉄道弘済会義肢装具サポートセンターへの転院を決めるセンターのことは知人を介して知り合った同じ左股関節離断の女性から紹介されたからだが、結果的にこの転院は野田にとって大きな転機となった

 センターでの入院初日、リハビリ担当の理学療法士の助言で、あっという間に杖なしで歩けるようになって驚いたまた、義足の調整の担当になった義肢装具士は臼井二美男で、スポーツ用義足の第一人者としても知られ、切断者の陸上クラブ「ヘルスエンジェルス」も主宰していた「一度、練習会においでよ」と誘われた野田は、そのときは「走りたいとも走れるとも思わなかった」が、義足で走る仲間たちには興味を覚えた

 次の練習会に出かけてみると、雨模様にもかかわらず数十人もの義足ユーザーがトラックを生き生きと走り、笑顔あふれる光景が広がっていた気軽に話しかけてくれる人も多く、「脚がないだけで普通の人」たちと交流するうちに、野田の心には自信が湧いてきた「義足でだって仕事や日常生活でできないことなんてほとんどないきっと昔と変わらない生活ができる」

 野田の思いを見透かすように、臼井が声をかけた「走ってみなよ」ごく自然な言葉の響きに、見学だけのつもりだった野田は不思議とやる気になった健足で思い切って地面を蹴り、義足で着地してみると、それまで経験したことのない衝撃が地面から返ってきた

 ほんの数メートル走ったところで濡れたトラックに滑って転んだはたから見たら、走っているとはいえないスピードだったかもしれないでも、野田はその時、確信したのだ「大丈夫、いつか走れるようになる」7~02年まで監督を務めた

(デイリースポーツMLB解説委員・牛込惟浩)

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 牛込惟浩(うしごめ・ただひろ)1936年5月26日生まれ、78歳東京都出身早稲田大学を経て64年、大洋ホエールズに入団渉外担当としてボイヤー、シピン、ポンセ、ローズなど日本球界で大活躍した助っ人たちを次々と獲得し、その確かな眼力でメジャー球界から「タッド」の愛称で親しまれた2000年に横浜ベイスターズを退団現在はデイリースポーツMLB解説委員第1戦の三回、O・インファンテ二塁手(32)がエ軍先発、シューメイカー投手から自身初となる満塁本塁打を放つなど、打線爆発で快勝したアイフォン5 カバー第1戦の三回、O・インファンテ二塁手(32)がエ軍先発、シューメイカー投手から自身初となる満塁本塁打を放つなど、打線爆発で快勝したiPhone 5 ケースコピー第1戦の三回、O・インファンテ二塁手(32)がエ軍先発、シューメイカー投手から自身初となる満塁本塁打を放つなど、打線爆発で快勝したグッチ iPhone ケース