母親の実家に避難させられる理由も、正当なものとして納得してはいるはずだ。それでもなお不満なのは――彼女が去った後も、綺礼だけは我が物顔で遠坂の屋敷を闇歩しているところにあるのだろう。
凛が父の時臣に寄せる敬慕はとりわけ強い。そのせいか、正当意後継者である凛よりも先に時臣の弟子となり、魔術を学んでいた綺礼に対しては、何かと風当たりが強いのだ。
「綺礼、あなたを信じていいですか? 最後までお父様を無事に守り通すと、約束してくれますか?」
「それは無理な相談だ。そんな約束ができるほど安穏な戦いであったなら、なにも君や奥様を避難させる必要もなかっただろう」
綺礼は気休めなど抜きにして、正味のところを淡々と語った。すると凛はなおのこと憮然と目元を険しくし、鉄面皮な兄弟子を睨みつける。
「……やっぱり私、あなたのこと好きになれない」
老人が亡くなり、晃は村に住む百合を守るために、新しい鐘楼守として琴弾谷にとどまり、百合の夫になったの。けれど日照りが続き、村人達は百合を生け贄にしようとして、そのせいで百合は亡くなり、晃は鐘を撞くことをやめてしまう。とたんに洪水が起き、村を飲み込んでしまうのよ」
「日記に、白雪という名前が出てきましたよね。確か妖怪だって」
遠子先輩が答える。
「白雪は、夜叉ヶ池に封じられた竜神の姫よ。別の池に住む恋人に会いに行きたくてたまらないのだけど、先祖から続く約束に縛られて、池を離れることができないの。
それで苛立って、約束を断ち切るために、手下の妖怪達に鐘を落としてしまうよう命じるのよ。だけど、晃を待つ百合の歌声を聞いて思いとどまるの。百合は巫女のような存在だったのよ」