今、ある仕事に応募していて、リファレンスの要求があった。
海外では当たり前だが、私は2回だけリファレンスを必要とした就職をしたことがあるだけ。
今回は久しぶりで、元上司や大学の先生にお願いをした。
履歴書の最後に
Referenceのページを作り、そこにその人たちの名前とemail address
それとその人たちの現在のタイトルと、私との関係。
採用の人事が彼らとコンタクトをして、
どんな人柄だったのか確認するのだ。
これをもらうときは、とても身が引き締まる。
お願いしておいて、簡単にやめることはできない。
それど同時に、職場の人たちと上手に付き合うことは、
やめてもとても大事であることを実感する。
ちなみに今の職場の人たちには、私の転職活動は公になっていないので、
リファレンスは頼めない。
平日でも土日でも、夕ご飯の時間帯、会社から帰ってきてから、
よく主人の話を聴くようになった。
質問しながら、それでどうなったの?と言う感じで。
夫婦の会話は増えた。
笑いながら会話することも増えた。
それで、ブログとか書いてる時間がなくなってきた。
遅くまで話し聴いて、結局どちらかが疲れて寝てしまう。
このところ私の方が睡魔に落ちるのは早い。
よく主人の話を聴くようになった。
質問しながら、それでどうなったの?と言う感じで。
夫婦の会話は増えた。
笑いながら会話することも増えた。
それで、ブログとか書いてる時間がなくなってきた。
遅くまで話し聴いて、結局どちらかが疲れて寝てしまう。
このところ私の方が睡魔に落ちるのは早い。
夫婦、家庭内、仕事でも、人間なら誰しも失敗はする。
失敗の受け止め方、なぜ失敗したかをどう受け入れるか、それを次にどう生かすか。
これが大きな課題。
ここで問題になるのが、オプティミスト(楽観主義者)。
私も間違いなく、その一人。
何でも良いほうに受け止める。
失敗も、次な る成功への、痛い学習。
なんて軽く考えてしまう。
なぜ、そうなったのか、ほかに失敗を避けるオプションは無かったのかを
深く考えずに、次に進んでしまう。
楽観主義者こそ、失敗を現実の痛手と受け止め
だって一生懸命やったんだからしょうがないじゃんなんて開き直らず
なぜそうなったか分析し、失敗の原因となったいくつかの要素を自覚し
以降の経験にその学習を役立てる。
これが大事。
こう考えるきっかけとなったのは夫婦関係における、夫の行動。
もうひとつはつい最近空港で買って読んだビジネス月刊誌。
失敗の受け止め方、なぜ失敗したかをどう受け入れるか、それを次にどう生かすか。
これが大きな課題。
ここで問題になるのが、オプティミスト(楽観主義者)。
私も間違いなく、その一人。
何でも良いほうに受け止める。
失敗も、次な る成功への、痛い学習。
なんて軽く考えてしまう。
なぜ、そうなったのか、ほかに失敗を避けるオプションは無かったのかを
深く考えずに、次に進んでしまう。
楽観主義者こそ、失敗を現実の痛手と受け止め
だって一生懸命やったんだからしょうがないじゃんなんて開き直らず
なぜそうなったか分析し、失敗の原因となったいくつかの要素を自覚し
以降の経験にその学習を役立てる。
これが大事。
こう考えるきっかけとなったのは夫婦関係における、夫の行動。
もうひとつはつい最近空港で買って読んだビジネス月刊誌。