まだ全てがうまくつながっていない。


○無知の知

○不可逆的な信用の発散

○一つのイデオロギーへの過信

○単純な二元論の愚かさ

○調整弁のないシステムの調整

○本来一体であったものの細分化

○社会の細分化、分業化に伴う複雑化

○情報革命による本来バラバラであったものの一体化

○社会科学というあいまいな科学

○社会科学における帰納法、演繹法の限界

○不確実なものとの向き合い方

○見えないもの、分析できない、ロジカルに表すことの出来ない暗黙知の切り捨て

○市場、社会、経済に対する、全体的、生態系、複雑系としての理解の欠如

○単純化することの危うさ

○民主主義の限界

○時間軸のズレ

○手段の目的化

○見えていない世界観に存在する発見

○現実が理論を追い越すとき

○イメージできていない世界のマネージ

○全体が見えていない中で踏み出す一歩の危うさ

○胆力、人間力



本質を理解しなければ大きな流れに吹き飛ばされてしまう。
そんな状況がしばらく続きそうだ。




天使のような歌声です。なんだかすーっと入ってきました。。




このGWは少し自分を振り返る時間を持つことができました。


ここ最近は結果に対するプレッシャーや焦りからか

やや「成果」に気持ちが行き過ぎていたような気がします。


不思議なもので成果に気持ちが集中すると、

それとは反比例するかのように成果が遠くなっていくようです。


気持ちはホームランなのに、遅い変化球にタイミングを外されて空振り三振。

みたいなイメージです。


もっとプロセスに集中しようと思います。

目の前の一つ一つのプロセスを大切に丁寧に気持ちを込めていきます。


成果はたまに振り返って、プロセスにフィードバックすることは必要ですが、

常日頃考えるもんではないんですね。


いったんプロセスに落としてしまえば、考えることはプロセスだけなわけですから。



この話はいろんなところに当てはまるんですが、

今さっき腑に落ちたのは

「答えでなくて、問いにこだわるべし」ということ。

言い換えれば「問題意識」。

これがないままにいくら本を読んでも、人の話を聞いても、ほとんど意味はないです。


なんで? どうして? 

その問題意識が研ぎ澄まされてくれば、きっと自ずと答えは出てくるし、

答えが一つではなく、どれだけ難しい問いかけだったとしても答えに近づくことができる気がします。


答えを知ることが大事なのではなくて、

なぜそうなるかという理由、背景、文脈を想像し、仮定し、

考えることで初めて知識が生きた知恵になっていくんだと思います。


「知る」ことよりもなぜかと「考える」ことがきっと大切なんだということですね。



まだまだ修行が足らんです。





今年初登山に行ってきました~♪

幸い好天に恵まれ、というか好天過ぎてちょっと暑かったけど、いいヤマノボリになりました。

滝子山~大菩薩嶺をテント1泊2日で縦走しましたが、

今年初ということもあって途中ややバテ気味でしたが(笑)いいトレーニングになりました。



やっぱりヤマに行くと心が洗われる気がします。


もっとシンプルでいいんだ。

大事なものはもっとシンプルなところにあるんだって。

もっと心の声に正直になっていいんだって。


ヤマに行くたびに教わっているのですが、

日々の生活に溶け込んでいくうちに忘れてしまうみたいです。。



ということで、またもやいいリフレッシュになりました~☆



↓滝子山頂上より春霞に浮かぶ富士山です。

成長軌跡-冨士山その2



$成長軌跡-その1
ポテンヒット。

投げたピッチャーは打ち取ったと思った当たりが外野と内野の間にポテンと落ちる。

そんなヒットのことを野球人(ひと)は「ポテンヒット」と呼ぶ。


悪く言えばちょっとかっこ悪い、ちょっとよく言えば、もうけもん、ラッキーなヒット。


イチローが態勢を崩されながらも外角いっぱいのボールをレフト前に落とすポテンヒット。

ナカジが内角のボールをどん詰まりながらもライト前に落とすポテンヒット。



ひそかに、いや、自信を持って言うが、

このポテンヒットには美学が隠されていると思っている。



コンマ何秒の世界の話だが、このポテンヒットの前には瞬間的な思惑が交錯する。

投げたピッチャーは「打ち取った、タイミングをはずしたぜ、うっふっふ」と思い、

バッターは「しまった、差し込まれた、タイミングを外された、あちゃ~」と思っているのだ。



ポテンヒットが生まれるかはここからが勝負だ。



崩れた態勢、どん詰まりのタイミング、

普通はその一瞬の劣勢が、気持ちをブラす。集中力を切らしてしまうのだ。

それが普通。


しかし、その一瞬の劣勢に気持ちに何らブラされることなく、

振り始めたときと全く変わることのない強い気持ちと

静かな集中力でバットを振りぬけたとき、

バットに当たったボールは野手のいない場所へと落ちていく。


その差は紙一重。


ほんの少しでも気持ちが負けたらボールはグローブに吸い込まれていく。


見た目にはたまたま、ラッキーな当たりだったと映るだろう。

地味すぎて観衆の関心は次の展開へと移っていく。


いわばポテンヒットはバッターが気持ちで打ち勝った証なのだ。



思うようなボールがこないように、なんだって常に自分の思い通りにはいかない。

それでも、どれだけ態勢を崩されようと、どん詰まりになろうとも、どれだけかっこ悪くても、

最後の最後まで気持ちだけは負けない、集中力をきらさない。


そうすれば、きっと結果につながっていくはず。


そんなことを教えてくれる渋い「ポテンヒット」。


好きです。



あ~、野球したい。